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「館長との対話」

展示を考える


2001年12月20日 琵琶湖博物館館長室にて



ハンズオンプランナー
染川 香澄
琵琶湖博物館
館長 川那部 浩哉
琵琶湖博物館
展示交流員 松岡 治子
琵琶湖博物館
展示交流員 青木 伸子

展示を材料に展示する展示交流員の役割

青木■琵琶湖博物館には私たち展示交流員がいて、来て下さるお客様のお相手をしています。染川さんは、日本ではあまり多くない、利用者の立場に立った博物館づくりの仕事をされていらっしゃいますが、以前どこかで、私たちに似たお仕事をなさっていたと伺っていますが‥。

染川■十年ほど前に、ボストン子ども博物館で、四か月ばかりしていました。そこで、最初に館長さんが、「来館者には、館長や学芸員の誰よりも展示場に立つみなさん一人一人のほうが、ずっと重要な立場なので宜しくお願いします」と言われたのが、印象に残っています。

川那部■うちの展示交流員も、まさに同じですね。

松岡■それでも、私たちの存在に全く気がつかない来館者もいらっしゃるんですよ。かなり派手な格好をしているのに(笑)。

染川■多くの来館者は、「勉強」をしようと思って博物館に来ているわけではないので、展示交流員とのふれあいの中で、「楽しく」、知らず知らずに学んでいただくのが理想ですね。

川那部■楽しいこともありますか。

青木■例えば、琵琶湖のおいたち展示室に、真四角に結晶した黄鉄鉱がおいてあります。「これは天然か」と尋ねられましたので、「石の世界にもルールがあって、こういうかたちの結晶になる」とお話ししたら、感動して下さって、山梨の方だったんですが、後でワインを送って頂いたんです。これはおいしい思い出です(笑)。
 腰につけている鞄の中に、「何が入れてあるのか」ともよく聞かれます。私の場合は来館者の名刺です。「また来るから」などと下さるわけで、そういう感動もあります。

松岡■私たちは、館内の展示の説明をするだけでなくて、「琵琶湖とその周りの自然とくらしこそが本物の博物館」と言う、ここの理念にしたがって、来館者を野外(フィールド)へお誘いするのが最終的には仕事です。だけど来館者の方々は百人百様ですし、こういうお誘いには一定の基準がないので、毎日が試行錯誤の連続です。
 来館者の反応は、展示交流員が一番良くわかりますので、それを学芸員なりにうまく伝えることも仕事なのですけれど、まだ今のところ十分にできていません。

染川■いえいえ。外から見ていると影響は大きいと感じますよ。

それは子ども博物館からはじまった。

染川■実はね、単なる説明者ではない、展示交流員のようなものは、世界的には、子ども博物館から始まったんですよ。

川那部■へえ。どうしてですか。

染川■博物館は強制的に来させられるところではないので、来てもらうためには子どもにとっての楽しい仕掛けがたくさん必要でしょ。そのひとつとして、展示場で博物館や展示と子どもの間に立って橋渡しをする人が生まれたのでしょうね。子ども博物館は利用者の立場に立って博物館運営を考えた先駆者だと言えます。
 ところでボストン子ども博物館には、私が世界で一番好きな展示があるんです。琵琶湖博物館にも来られたズボルフスキーさんの作品で(うみんど第七号参照)、ゴルフボールを転がして遊ぶ展示です。子どもが階段を登ってレールの上にゴルフボールを置くと、うまくいったときはボールが最後まで落ちる。ボールの動きはもちろん科学法則に従っているんですが、一応説明はあるものの、子どもは何回もやってみて、どんなときにボールが最後まで落ちるかを体で覚えるわけです。その横でそれを見ている展示場のスタッフは、理論の解説はしません。どうしてかなと、体で覚えるのを手伝うのです。子どもたちは、学校でのちに物理を習って、「あのとき一時間も二時間も遊んでいたのは、このことか」と判るわけです。

川那部■ボストンこども博物館には一度しか行ってないんですが、いまおっしゃったのは中でも圧巻ですね。

「ハンズ=オン」展示もまた

染川■アメリカには子ども博物館の協会があって、年一回全国大会をやっているのですが、最近は一般の博物館からの参加者が増えてきています。子ども博物館のやりかたを吸収しようと意気込んでいるんですよ。

松岡■こども博物館が、世界中でそんなに注目されている理由は何なんでしょうか。

川那部■「触れる」あるいは「触る」展示からはじまったいわゆる「ハンズ=オン」も、やはり子ども博物館からでしたね。

染川■そうです。すばらしい展示には、おとな用も子ども用もないと思うんです。「腑に落ちる」展示、その一つのありかたが「ハンズ=オン」展示です。

川那部■染川さんはそれの大権威でもありますから、そちらのこともここでぜひ話して下さい。

染川■「ハンズ・オン」は辞書では「触る」とか「実践的な」って訳されてますが、あとの方の「実践的な」がもっとも言い当てています。子どもが何かを学ぶときは、例えば六歳だったら、その子が生まれてから六歳のその日までに自分が経験してきたことを総動員して新しいことを理解するしか方法がないと思うのですが、ハンズ・オンは、今までに蓄積された経験の上にちゃんと乗っかれるような実践的な体験ができるようにする、つまり経験が再構築されて初めて、目的を達成したことになるんです。

川那部■単に「触れる」「触る」を超えて、「夢中になる」ことによって、「楽しみながら感じる」来館者の反応は、子どもの方が確かにはっきりするでしょうね。

染川■子どもを相手にどうすればよいかを、博物館の側がいろいろ考えていたら、来館者の興味の持ちかたや行動をよく調査して、展示や活動に常にフィードバックしていくことが、成功の秘訣であると判ってきたんです。

川那部■なるほど・・・。作る人々が最初に何かを決めて、ただ進めるのではなくて、それを来館者がどう使うかを見ながら、次々に変えていくやりかたですね。
 あまりに悪くしてしまった琵琶湖の周りの環境を、保全するために手を加えることがいま始まっています。最初は、設計図を描いて工事を進めたら、何が起こってももう変えないという、従来通りのやり方を踏襲しそうだったのですが、「おずおずと」進めながらいつも点検し、問題があればすぐに考え直しやり直す、いわば「適応的管理」が始まりそうです。これなどは、似た考えですね。

琵琶湖博物館に望むこと

川那部■展示交流員の有志が最近、アンケートをまとめたり交流メモを分析したりして、「展示交流員って知ってる?」という小冊子を作られましたね。何か話して下さいませんか。

青木■来館者アンケートを担当したのですが、リピーターが多いのもこの博物館の特徴だと思います。そんな中でも、六割の来館者の方が私たちを知らないという結果にショックを受けました。まだまだ、これからなんだという思いでいます。

松岡■開館以来何年間も展示交流に携わっていて、本当に今自分がしている展示交流ってこれでいいのかなという疑問と不安がいつもつきまとっていたんですね。
 私は琵琶湖博物館以外の博物館関係者のアンケートを担当したんですが、結果は展示交流員の活動に対して九二・九%のプラス評価でした。嬉しいというより驚きの方が多くて却って身の引き締まる思いです。結果もさることながら、冊子にまとめる過程でいろいろ考えたことがとても役に立って、私としてはそういった中から環境保全ミッションとしての展示交流員という位置付けに気が付いたり、自覚が生まれて、一歩を踏み出して良かったと思いました。

川那部■染川さん。最後にこの博物館への要求をお願いします。

染川■いまの琵琶湖博物館もとても好きなので困りますが、贅沢を言うとですねぇ(笑)。展示交流員さんには、ここでの活動をさまざまな形でさらに全国に発信して欲しいです。ここの学芸員さんは、事業と研究の両面をするわけだから、とてもたいへんだとは思うんですが、学芸員には博物館学や来館者研究をもっとしていって欲しいです。

川那部■展示交流員さんには、最初の話にもあったように、いろいろな試みを毎日見事にやって貰っているわけだから、学芸員ももっとさまざまに試みよということですね。今日は、ほんとうにありがとうございました。

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