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館長対談

琵琶湖中国

 第6回企画展示「絶滅と進化 動物化石が語る東アジア500万年」で展示する骨格化石の組立準備のために、中国の北京自然博物館から4名の研究者と技術者の方が琵琶湖博物館まで来てくださいました。今回は、そのうち古生物第2研究室長の関鍵さんに対談をお願いしました。

関 鍵さん

川那部浩哉

高橋啓一

高橋■私どもの博物館の第6回企画展示は、「絶滅と進化、動物化石が語る東アジア500万年」ですが、ここで展示する骨格化石のかなりの部分は、中国の「北京自然博物館」からお借りしたものです。その組立準備のためもあって、4名の研究者あるいは技術者の方に、わざわざ来て頂きました。今回の対談のお相手は、その古生物第2研究室長である、関鍵さんです。

川那部■このたびは、わざわざ琵琶湖博物館まで出向いて頂いて、有難うございます。毎日組み立ての指導をして頂いたおかげで、ほとんど完成しましたね。

関■こちらへの到着が遅れたものですから、少し心配しましたが、あとはもうお任せするばかりになりました。

はじめて海を渡った化石たち

川那部■目の前にある、入り口にいちばん近いところの化石ですが、なかなか変わったゾウですね。まるでくちばしが飛び出しているような感じですが…。

関■これは北京から西へ1200キロほど離れた、中国のほぼ中央部にある寧夏回族自治区で、1500万年前の地層から、昨年の6月に発見されたばかりのものなのです。私もまだ、きっちりとは研究していない標本で、プラチベロドンゾウと言います。下あごがシャベルのように平たく牙として突出しているのが特徴です。水辺に生息して、ハスなどを食べていたのではないかと想像しています。その向こうに見えるのは、シノマストドンゾウですが、これはこの種の最も良い標本なのです。このほか、世界でただ一つしかない標本も、今回は何点か持ってきています。とにかく、このシノマストドンゾウと向こうにあるマンモスゾウ以外のすべての標本は、中国国外には今までで出たことのない標本なのですよ。

高橋■日本でこんなにたくさんの中国産哺乳類化石を、一度に見られる企画展ができるとは思っていませんでした。これらの中には、日本から近縁な種の発見されているものがたくさんありますから、大陸から島への動物相の移動・変化を考える時にも、重要な内容の展示だと思っています。

関■高橋さんとは、共同研究を進めている仲間ですから。

高橋■琵琶湖博物館では、数年前から「東アジアの中の琵琶湖」と言う総合研究を行っているのですが、今回の企画展示では、その中の私どもの研究の一部をそのまま、楽しめるように紹介したつもりです。多くの方に見て貰って、骨化石のファンを作りたいものです。

化石が語る中国と日本

川那部■関さんは、アメリカのアイオワ大学などへもしばしば行かれて、ときには長期間滞在されているとも聞いていますが、ご自身はどんな研究をされているのですか。

関■私は、もともと新第三紀と言う2300万年前から200万年前ごろの哺乳類化石を研究していたのです。例えば、先のプラチベロドンもそのひとつです。しかし今はもう少し古い時代の哺乳類化石や、アメリカとの共同研究では、ゾウなどがまだ地球上に出現しないさらに古い時代の、例えば、恐竜が全盛だった時代に生きていた、小型の哺乳類の化石も研究しています。今回、この企画展に展示する標本の中にも私の研究している標本も多く含まれています。特に、この展示の最初の部分にある中新世という時代がそうなんです。

川那部■高橋さんは、もうちょっとあとの時代が本職でしたっけ。

高橋■私は、500万年よりも新しい時代の哺乳類化石を扱っています。琵琶湖が誕生してからちょうどこれくらいなので、この地域の化石を研究していると必然的にこの時代の哺乳類化石を研究することになるんです。琵琶湖地域でもそうですが、日本中見渡しても大型の陸上哺乳類化石の中では、ゾウの化石が最も多く発見されています。そこで私はこのゾウ化石を使って、大陸と日本の動物相を比較して、その変遷を研究をしてるんです。例えば、琵琶湖地域からは、5種類のゾウ化石が発見されていますが、それらは臼歯や体の骨の一部で、非常に断片的な資料にすぎません。ですからこれらの資料をいくら眺めていてもその意義は少しもわからないんです。ところが、同じ種類のゾウ化石は、中国から保存の良さも量も日本よりはるかに良いものが発見されているんです。この中国の化石を調査することで、琵琶湖地域の断片的な化石の起源や移動経路、進化の様子など様々なことを考えることができるようになります。他の地域と比較することで初めて断片的な琵琶湖地域の化石でも意義がでてくるんです。今回の企画展もそんなことを知っていただきたくて計画してみました。

絶滅と進化

高橋■こうして見ますと、ここに展示されている70点以上のほとんどは、もう絶滅してしまって、今は棲んでいない動物ですね。またゾウ化石だけをとっても、このようにさまざまな種がいることは、まさに進化の多様性を感じさせます。関さんはこういった化石を研究されていて、絶滅と進化についてどのようにお考えですか。これは、今回の企画展示のタイトルにもなっているわけですが…。

関■実際には、私は中国の化石、特にプラチベロドンゾウのような化石を研究しているだけなので、大それたことはいえません。私にいえることは、このプラチベロドンの化石が、沼の堆積物の中からだけ発見され、その上下の、沼でなかった時代の堆積物からは、いっさい発見されないということです。このことは、このゾウが沼のような特殊な環境でだけ生息していたことを示しており、洪水や日照りなどの自然現象によって死滅していったと考えています。こういうひとつひとつの事実を調べながら私たちは、絶滅と進化の原因を探っていきます。

高橋■ここに展示されている化石たちの時間スケールとは異なりますが、現在の琵琶湖の中でも、絶滅や分化は起こっているわけですね。

川那部■生物の進化・絶滅や大地の運動は、一般に長い時間をかけてゆっくりと起こっているものですから、私たちの生活を取り巻く普通の時間単位では、なかなか気付かない変化ですね。しかし、今地球上で起こっている絶滅の速さは、恐竜が滅びた中生代末のそれに比べて、3桁高く、もちろん地球の歴史が始まって以来桁外れだと言われています。琵琶湖にいる生き物たちも、人間の起した環境の変化や他所から持ち込まれた外来種の影響で、かなり多くのものが絶滅に向かって進んでいます。早速に何とかしないといけません。いや、現在も新しい種が生まれようとしているわけで、それを進める方向へ力を貸さないと、ほんとうはいけないわけです。

 私たちは、この企画展示が教えてくれる過去の出来事を鍵として、私たちの身のまわりにいま起こっていることがらを鋭く読みとる目を鍛えて、未来を考えていくことが必要ですね。

新しい試みの博物館に感動

川那部■それはそうと、関さんは世界中のいろいろな博物館を見ておられますが、琵琶湖博物館を見られての感想はいかがでしょうか。とくに辛口のご意見を歓迎するのですが…。

関■実は、昨年もこの博物館を訪問していますので、今回は2回目になります。今まで見てきた100近くの世界の博物館の中でも、たいへん大きい特長がありますね。いろいろな方向から見られる水族展示やゾウの下をくぐれる展示、そのほか新しい試みがたくさんされていて、すばらしいと思います。まちがいなく、世界の最高の博物館の一つにあげることができます。ただ、標本の数が少ないのが残念ですね。特に自分の専門の骨の化石については、収蔵庫にもあまり集められていません。

川那部■この博物館では、すべての標本をここに集めるのではなく、標本の発見された地元に置いておくのがいちばん良いとの考えに立っています。ですから、地元できちっと保存できるなら、そこで見に行けばよいと言う考えで、例えば琵琶湖の北東部の多賀町で発掘されたゾウ化石は、多賀町に置いてあるのです。しかしそれにしても、関さんのおられる北京自然史博物館などにくらべれば、確かにずいぶん少ないですね。こう言う収集は、これからもずっと続けていく仕事です。今は開館して2年ほどですが、10年目ころには展示なども作り替えなくてはいけません。そのためにこれからも、どんどんご意見を下さい。

関■北京自然博物館との共同研究なども、是非お願いしたいですね。共同研究をすれば、琵琶湖の周辺から発見される骨の化石を考えるうえで重要な中国の化石も、きっとたくさん収集できると思いますよ。(笑)

川那部■日本の動植物は元来、中国大陸の分身と言ってもいいわけで、中国の博物館との共同研究は大切ですね。

高橋■ありがとうございました。

関 鍵(グアン ジェン)北京自然博物館古生物第二研究室長・中国古脊椎動物学会常務理事・中国古生物学会地層古生物部会副事務秘書長・専門は、新生代の哺乳類化石。
※中国語の通訳は、滋賀医科大学大学院学生の黄杰さんにお願いしました。

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