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館長対談

美しく青きドナウはいま?

琵琶湖での環境保全活動は、ハンガリーよりもずっとすすんでいると思いました。
ゲスト■ヤーノシュ=ヴァルガ
河川管理の考え方を大きくかえるというような 点では、思いは共通であると強く感じました。
川那部浩哉■ホスト
ヤーノシュ=ヴァルガさん(ハンガリー内閣顧問): 1949年、ハンガリー、ブタペスト生まれ。生態学を専攻し、各地の大学で教鞭をとりながら、ドナウサークルなどの住民活動のリーダーでもある。

国際河川ドナウの悩み

川那部■ヤーノシュさんは、ハンガリー政府の内閣顧問などをつとめられ、ドナウ川やバラトン湖の環境問題にも詳しいと伺いました。ドナウ川と言えば、ヨハン=シュトラウスさんのワルツ「美しく青きドナウ」が直ぐ浮びますが、ドナウ川は今どうなのか、先ず教えて下さい。

ヤーノシュ■ハンガリーは東ヨーロッパの平野部にあるので、水の95%は、国外に降った雨に由来しています。したがって河川の保全は、国際協力と直接結びついているのです。琵琶湖周辺の地図を見て、この湖の水のほとんど全部が、滋賀県内に由来していることを知り、たいへん羨ましく思いました。それに私どものあたりのドナウ川は、南側はハンガリーに属していますが、北側はスロヴァキアに接しているので、それが問題をさらにややこしくしているのです。

川那部■確か20年ほど前に、大規模ダム計画がはじまり、それが今も問題になっているのでしたね。

ヤーノシュ■1977年に、当時のチェコ=スロバキアとハンガリーとで合意された計画では、船の航行条件の改善と水害防止・電力供給を目的に、二つの大きなダムといくつかの人工水路を作ることになっていました。しかしこの計画がずさんであったために、実際に工事が始まるといろいろ問題が出て来ました。そこで1995年に、オランダにある国際司法裁判所に訴えを起こし、スロバキアとのあいだで争いが続いているのです。

ドナウ川とバラトン湖

水管理のUターン点
殺してしまえば羊毛は刈り続けられない

ヤーノシュ■問題はいくつかあります。一つは川の水位が低下し、周りの地下水位も下がって、それを飲料水とする人たちが困ってしまうことです。もう一つは、このダムなどによって、川の生態系が維持出来なくなったことです。

川那部■ダムの水を飲料水に使うことは出来ないのですか。日本ではよくそうしていますが…。

ヤーノシュ■ドナウ川の水は、他の国から延々と流れてきたものですから、飲料水には使いたくありません。また地表水は、硝酸塩などで汚染されています。それに対して、川で自然濾過された地下水は、まことに質が良く、したがってそれを飲料水に使っているのです。

川那部■確かに川の長さは、日本とは全く違いますね。それでは、川の生態系の問題のほうは…?

ヤーノシュ■ダムによって河川の水位が頻繁に変わり、魚などの生息に重要な「移行(推移)帯」が失われます。またダムによって、魚の移動もし難くなります。それで私たちは「水管理のUターン」という考えを提案しているのです。

 今までは、川を抑えつけて、人工的に管理しようとしてきましたがこれは誤りだと言うことです。川の流れに制約を加えるのではなくて、川自体が本来持っている「いのち」の力を尊重しようという考えです。川の「いのち」は、流れる水とそこにすむ生き物も含めた生態系です。

 ハンガリーには「生きている羊の毛は毎年刈れるが、食べてしまえばそれまでだ」と言うことわざがあります。川も同様に、「生き」ていてはじめて、人間に恩恵を与え続けてくれます。ところが、このような環境保全の考えかたをスロバキア側がとらないので、国際的な裁判に持ちこまれ、意見の対立が続いているのです。

川那部■日本でもやっと、自然環境の保全が「河川法」に盛り込まれましたが、ほんとうの動きはまだまだこれからです。

「空から見た琵琶湖」の床空中写真をのぞきこむ

失敗したバラトン湖の回復計画

川那部■バラトン湖は中欧最大の湖ですね。ここでは以前、世界湖沼会議も開かれ、バラトン湖を訪問した日本人もかなりあります。私も一週間ばかり、湖畔に滞在しました。バラトン湖は、面積では琵琶湖と大きさが似ていますが、ここの富栄養化問題もなかなかたいへんですね。私が行ったのは夏を過ぎていましたが、まだやはりアオコが出ていました。

ヤーノシュ■バラトン湖は長さは70キロほどありますが、浅くて最深12メートル、平均水深は3メートルしかありません。そこに1960年代から、さまざまな化学工場や家畜農場などが作られ、汚染源が増えました。生活排水も、もちろんあります。また、観光客も毎年百万人ほどあり、これも汚染源です。言われたように今、アオコの発生でも悩まされていて、魚が死ぬこともあります。子どもの頃は美しい湖で、岸辺でよく泳いでいたものですが、今は50メートル以上も沖合へ、出なければなりません。

川那部■小バラトン湖計画」がありましたね。ザラ川の流れ込むところに人工湖を作って、そこでいったん汚濁物を沈殿させ、湖本体の浄化を図るとの計画でしたが、あれはどうなっていますか?

ヤーノシュ■あれは残念ながら失敗だったと、私は判断しています。考え方は良かったのですが、やりかたが悪かった。大金をかけてコンクリートの人造湖を作ったのですが、周囲から入ってくる排水のことを考えず、効果があがっていません。今や「無用の長物」で、アオコが大量に発生する汚染源にさえなっています。生態系を考えない工学の限界ですね。そのうえ、観光施設を無許可で作ったり、湖の管理が複数の機関に分断されたり、行政的な連携もうまくとれていません。

湖上で話をきくヤーノシュさん

琵琶湖への期待

川那部■滋賀県では、「琵琶湖環境部」と言う部局を作り、一致して琵琶湖問題に取り組もうとしています。この博物館もその琵琶湖環境部に属しているのです。

 ヤーノシュさんには、船で琵琶湖上に出て、少し回って貰いましたが、琵琶湖の感想はいかがですか?

ヤーノシュ■一見しただけで何か言うのは、おこがましいのですが、琵琶湖での環境保全活動は、ハンガリーよりも進んでいるように感じました。環境社会学専攻の方に案内して貰ったのですが、ハンガリーでは湖と言えば、以前は水質化学と工学だけ、最近でもそれに生物学と生態学が加わっただけです。社会学や政治学の研究にも力を入れ、とくに地域住民の知恵に学んで、意思決定のシステムに入れて行くことが、生態系を正しく保全することに、最終的につながるのです。

 さらに、この博物館の活動にも大いに感銘を受けました。専門分野を越えて、多くの人に湖のことを知って貰い、それぞれに将来のありかたを考えて行こうという思いは、たいへんすばらしいと思います。

川那部■そうお聞きするのは嬉しいのですが、やっと始まったばかりです。いや「琵琶湖総合保全計画」の策定が去る三月にあり、地域住民の思いにも学びながら、琵琶湖の生態系を正しく保全することが、これから始まるかどうかと言うところです。

 2001年には、この琵琶湖畔で生まれた「世界湖沼会議」が、戻ってきて開かれます。ヤーノシュさんは、琵琶湖へ来られるのは今回が初めてだそうですが、数年あるいは十数年後にもう一度来て下さって、そのときは琵琶湖が格段に良くなっていると判断して貰えるよう、皆で少しずつ進めて行きたいものです。

トンネル水槽の中にたたずむ
(編集・構成 嘉田由紀子)
(写真撮影 秋山廣光 美濃部博)

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