Go Prev page Go Next page

館長ショート対談

生物多様性は、命の賑わいそのものです。

-国際生物科学連合、タラール=ユネス氏を迎えて-

 琵琶湖博物館の研究・資料収集・展示・野外活動などには、さまざまな分野の研究者や地域の人々がかかわっています。本号からは、そのような方々と川那部浩哉館長との、ショート対談を連載します。

 第一回は、今年六月に琵琶湖博物館で開催される予定の『世界古代湖会議:古代湖の生物と文化の多様性』の打ち合わせに、琵琶湖博物館を訪問された、国際生物科学連合代表のタラール=ユネス博士との語りあい。そのさわりの部分を掲載します。
〈タラール=ユネス氏 Talal YOUN`ES氏〉
1945年、レバノン生まれ。1981年以後、68年の歴史を持つ国際生物科学連合(IUBS)の代表として、世界の生物科学の連携活動に力をそそぐ。もともとは分子遺伝学の研究者である。


本来の博物館は、人々がくらし、生物が生きているその現場なのだと、私どもは考えています。
(川那部浩哉)

七十年以上の歴史をもつ国際生物科学連合

――「国際生物科学連合(IUBS)」は、どういう組織ですか?

ユネス■生物科学の国際的な連携と振興をはかるために作られた非政府組織(NGO)で、最初一九一九年にベルギーのブルッセルで設立されました。ちょうど第一次世界大戦の直後で、国際連盟などもでき国際的な連合体の必要性が痛感された頃です。主要な参加国は最初ヨーロッパに限られていましたが、そのうちに世界各地が加盟するようになりました。

――現在の会員や財源などは?

ユネス■会員には二種類あります。一つは各種の国際学会です。植物学・動物学・生態学・発生生物学・海洋生物学・植物生理学など、八十六の生物科学に関する国際学会が、現在参加しています。生物科学連合は、これらの下位学会の連合なのです。でも、これらの学会の人たちは、みな〈下位〉と呼ばれるのはきらいですね。どの学会でも、自分たちが中心だ、いわば「THE学会」だと思っていますから。(笑)
もう一つの会員は国など、それにユネスコやヨーロッパ共同体のような国際機関とで、ここからも拠出金を貰っています。日本もそのメンバーで、担当機関は日本学術会議です。また、日本には国際プロジェクトの事務局もあります。生殖生物学については事務局が名古屋大学にあり、また生物多様性の国際研究については、こちらの川那部さんが、世界の淡水域に関するものの責任者です。

川那部■今年秋には台湾で会議が開かれますね。

ユネス■三年に一度の総会でして、シンポジウムも開きます。IUBSはNGOですから、政治的な制約からは離れています。たとえば中国も台湾も両方とも会員ですし、今年の会議については、中国の代表も大いに賛成してくれました。

――川那部さんがヘッドになっている淡水域の生物多様性の国際研究とは?

ユネス■川那部さんは、国際生物科学連合やユネスコなどの六団体が主宰する「生物多様性科学国際共同研究計画(DIVERSITAS)」に最初から関係し、特に「西太平洋・アジア地域研究ネットワーク(DIWPA)に大きくかかわってこられました。このDIWPAは、北から南へ世界で三つ作った重点推進地域の一つで、川那部さんが代表者です。また、淡水域の研究計画が、去る七月に提案されたのですが、その代表にもなってもらっています。

淡水域の生物多様性は危機に瀕している

――淡水域の生物多様性研究は、なぜとくに重要なのですか?

川那部■まず第一に淡水は、人間を含めたすべての生物にとって必須のものだからです。昔から「水なくして生命なし」と言われています。第二に淡水は、地球的規模でみても、食糧問題同様、あるいはそれ以上にもっとも大きい制限要因になってきています。また第三に、淡水域の生命系は、人間の生活や経済活動の影響をもっとも強く受けているところで、多くの場所で今や、崩壊・絶滅の危機に瀕しているわけです。そして第四には、淡水域の基礎研究の蓄積は、意外に少ないのです。

多様性研究は文化面も大切です

――琵琶湖などもまさにそのような、人間に身近な淡水域の代表ですね。でも、なぜ生物の多様性は大切なんですか?

ユネス■生物多様性は、ひとことで言えば「命」そのもの、「命の賑わい」です。さまざまな生物のかたち・はたらき・くらし、こうした生き物の多様性は、私たちの食物・健康・住居、そして農業・林業・水産業・薬学・バイオテクノロジーなど、いろいろの分野に深くかかわっている。それだけではありません。多様な植物や動物の存在ぬきに人類の歴史はあり得ませんでした。植物や動物を大事にすることが、環境への尊敬につながり、それがひいては人間の命を大切にすることに返ってきます。このように文化的な側面からみても、生物多様性は重要です。精神的な面でも、西洋文化は日本的な自然観からも、多くを学ぶべきです。日本人は自然と深くかかわりながら、その文化を深めてきましたから。

川那部■琵琶湖は富士山とならんで自然遺産ばかりではなく文化遺産であると、私はかねがね思ってきました。もしこれらが存在しなかったら、文学も絵画も音楽も宗教も、大きく変わっていたでしょうね。

ユネス■生物多様性に関する哲学的・美学的見方も大切です。現在多くの国が、キリスト教的な考えかたに根ざしていますが、この伝統は日本的伝統とは大きく異なります。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三つの世界宗教は、中近東の乾燥地帯で生まれました。このあたりでは人間は、自然と闘うことに終始してきました。自然との共生ではなくて、闘いが主だったのです。このような中で、人間は自然を管理するべきだとの意識が芽生えてきました。そうしないと自然に滅ぼされる、自然から復讐されるというわけです。

川那部■ヒンズー教や仏教のような世界宗教では、それとは異なった伝統が生まれました。湿潤環境の中で、周囲の自然に親しむという感覚が浸透しているわけです。しかしそれは、逆に弱点にもなっています。自然の破壊をも、ただ「座してみている」ということにもなってしまうのです。

ユネス■生物多様性は、信仰や人々の認識などの側面、つまり文化的な面からも接近する必要があります。

琵琶湖博物館を世界に紹介したい

――最後に、琵琶湖博物館についてのご感想は?

ユネス■パンフレットなどでは知っていましたが、予想を遥かに越えたものです。この博物館の基本的な視点には深く共鳴しました。第一に、生態的な自然科学と社会的な文化科学とが見事に融合しています。第二に環境を、生物・生態・人間・社会などの多様な側面から統合することに、成功しています。第三に、真の参加型だということです。博物館は人々と知識を共有し、その好奇心にこたえるところですが、ここの展示には地域の人々が集めた成果もすでにたくさん含まれています。琵琶湖博物館の経験は、日本だけでなく世界的にたいへん重要です。環境教育の素材として、さまざまな媒体を通して、もっともっと世界に発信すべきです。私も大いに援助します。今年は、ここで「世界古代湖会議:古代湖における生物と文化の多様性」が開かれますね。これにも大いに期待しています。川那部さんは、淡水の多様性について文化をも入れることを世界的にも提案しておられますが、その始まりとしてもね。

川那部■本来の博物館は、人々がくらし、生物が生きているその現場なのだと、私どもは考えています。建物として存在している琵琶湖博物館は、言わばその入口に過ぎません。身内をほめるのには抵抗がありますが、この博物館の場合は八年前から研究者である学芸員を配置し事務員を入れてきたのが、成功の基盤だったと思います。この連中が、地域の人たちと深く対話し、さらには共同調査によって、この博物館を作り続けてきたのです。

ユネス■滋賀県民は、この琵琶湖博物館を誇りになさるべきでしょう。さらなる発展を期待しています。

(進行・翻訳:専門学芸員 嘉田由紀子)


琵琶湖博物館の経験は、日本だけでなく、世界的にたいへん重要です。もっともっと世界に発信すべきです。
(タラール=ユネス)



-2-



Go Prev page Go Prev page Go Next page