Go Prev page Go Next page

特集

[Diorama]ジオラマができるまで

「ゾウのいる森」―約一八〇万年前の環境復元!

学芸員 木田千代美
(古生物学:植物)


仮想現実の世界

 ジオラマ(Diorama)とは、展示したいものをそのものだけでなく、それを取り巻く環境や背景をも含めて、同一空間に立体的に表現する方法の一つです。それは、一種のバーチャルリアリティー(仮想現実)空間であり、来館者があたかもその場にいるような臨場感や立体感を体験できるものをいいます。

 例えば、琵琶湖博物館の自然史展示の「ゾウのいる森」コーナーは、今から約一八〇万年前の環境を復元したジオラマです。当時は、大きくて深い湖はなく、沼や湿地など沼沢地が広がっていました。そこには、生きた化石で有名なメタセコイアが森林を形成し、アケボノゾウやシカが生息するという現在とはまったく異なった世界が広がっていたと考えられます。

 このような環境をわかりやすく伝えるには、ジオラマという展示手法が最適です。来館者は、実物大のサイズで再現された展示空間を通り抜ける時、一八〇万年前の世界に、タイムスリップしたような錯覚を受けます。

 今回は、「ゾウのいる森」のジオラマができるまでを紹介したいと思います。


琵琶湖博物館のジオラマ
「ゾウのいる森」


展示物づくり


 このジオラマを製作するにあたっては、当時の生物の多くがすでに絶滅しているため、化石から復元したり、化石種と比較される現生種に置き換えなければなりません。古環境の復元では、化石による存在証拠があるだけで、その生態や背景がはっきりわかっていないこともあり、当時の風景や動物の姿を考えながらつくる楽しい作業である反面、研究者にとっては、苦しい決断を迫られます。

 例えば、今から約八〇万年前に日本から姿を消したメタセコイアとスイショウは、果たしていっしょに林を形成していたのだろうか? など、断定が難しいこともあるからです。            

■アケボノゾウの復元
 アケボノゾウは、兵庫県明石市から発掘された骨格化石をもとに、筋肉をつけて復元されました。レプリカ(模型)製作では、まず骨組みをつくり、粘土で肉づけした模型をつくります。これを型どりし、型に樹脂を流し込んで成形した後、着色して完成させます。アケボノゾウの肉つきの復元は、これまでおこなわれたことがなく、日本で初めての作業となりました。

アケボノゾウの復元作業1
粘土模型を前に、肉づけや皮膚のシワ、たるみ具合を話し合う
アケボノゾウの復元作業2
粘土模型のまわりに樹脂をぬって、ゾウの型をとる

■植物の製作
 ジオラマの植物は、本物を乾燥させたものとレプリカ(模型)を使用しています。メタセコイアとスイショウは、日本ではすでに絶滅しており、大阪市立大学付属植物園で幹の型どりをさせていただき、銅板の筒に樹脂でつくった樹皮を張り付けています。ハンノキやヤナギの木は、大津市真野佐川で採集した実物です。

 樹木の葉や草本類は、シルク製の樹脂でできています。実物の植物を葉、茎、実などの部分にわけて型をとり、樹脂を流し込んで成形し、色づけした後、部分を組み立てます。植物の場合、季節に左右されるため、計画的に敏速に採取しないと製作に何年も歳月を費やしてしまうことになります。

スイショウの製作作業1 ↓
シリコン系の樹脂を使って樹皮の型どりをおこなう
(大阪市立大学付属植物園にて)

スイショウの製作作業2 →  
幹や枝の仮組みをし、形や枝振りなどを修正する(野外にて) 

■ジオラマづくり
 ジオラマの組立は、まず、背景画を壁面に描き、大物の樹木やゾウを配置してから、地面をつくります。次に樹木に枝・葉を取り付け、水辺や陸地に草本類を植えつけます。植物を自然な姿に整えて、落ち葉をまいて樹脂で固めた後、最後に照明や音響装置の調整がおこなわれて、ハイ! できあがり。

ジオラマの模型
ミニチュア模型(1/10)を使って、立体的にどのように表現されるのか場面構成を検討する
ジオラマの組立
樹木の回りにパイプが組まれ、幹に枝や葉が取り付けられる

ジオラマの源

 ジオラマは、一つの展示で多くの情報を一度に伝えることができますが、これを製作するためには、多くの基礎的な情報が必要となります。「ゾウのいる森」のジオラマは、野洲川の河原で発見されたゾウやシカの足跡化石や愛知川の河床から姿を現したメタセコイアなどの化石林の調査の結果から、当時の湖のようすや動物相や植物相が解明され、これをもとにしてつくられたものです。

ゾウの足跡化石
一九八八年滋賀県甲賀郡甲西町の野洲川の河原で発見されたもの
化石林
一九九〇年滋賀県神崎郡永源寺町の愛知川の河床から姿を現した
メタセコイアの樹根化石

-3-



Go Prev page Go Prev page Go Next page