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鼎  談

ナマズの魅力


2001年10月18日-19日 琵琶湖博物館開館5周年記念シンポジウムより



国立民族学博物館
教授 秋道 智彌
(社)日本動物園水族館協会
総裁 秋篠宮 文仁
滋賀県立琵琶湖博物館
館長 川那部 浩哉

学んでいく点は、地域の視点や考え方であろうと思います。

「生物」というより、「生きもの」というほうが好きなんです。

琵琶湖のまわりでは、生きものを中心とする自然と関係して、文化をつくりあげてきました。

世界にナマズは二千四百種

川那部■ご承知のように、日本列島にはナマズが三種いますが、このうちイワトコナマズとビワコオオナマズは、琵琶湖の特産です。この湖に三種いることは、昔から漁師さんはよく知っていたようですね。味が全く違いますから。江戸後期の本にもそれは書いてあるのですが、近代的な記載をしたのは、なんとわずか四〇年前、友田淑郎さんによるものです。

秋道■ナマズ類(ナマズ目)は世界的にみれば、主な大陸の中緯度から低緯度にかけて広く分布していますね。殿下もこれまで世界各地で、あるいはタイなどに行かれたおり、ナマズを多くごらんになられています。

秋篠宮■私がみたのは、二〇~三〇種ほどだと思いますけれども、東南アジアだけでも百種以上はいるんじゃないでしょうか。

秋道■確認されているだけでもナマズは、二千四百種になるそうです。大きさはどんなものでしょうか。

秋篠宮■これまで見た中では、三メートル五〇センチのヨーロッパオオナマズの剥製が一番大きかったですね。

川那部■小さいほうは、成熟しても二センチぐらいと聞いています。

秋道■大きさだけでなくて、形もずいぶん違いますね。二千四百種のうち、かなりのものは中南米に分布しています。しかし、アジアだけとかアフリカだけとか、あるいは琵琶湖だけにしか見られないというような、狭い範囲にしか分布していないのもあって、ナマズの多様性みたいなところは、なかなか面白いと思います。


人とナマズと祭と食

秋篠宮■タイにはプラーブックというナマズがいますが、「プラー」はタイ語ではお魚のことでして、「ブック」は大きいという意味になります。このナマズは重さで二五〇~三〇〇キロ、長さでは三メートル近くにまで成長します。タイのチエンラーイ県チエンコーン郡のハートクライという村には、プラーブックの捕獲儀礼があります。現在ではかなり観光化されていて、それが行われる場所は、数千人程が収容できるスペースがあって、「村おこし」的な、観光の一つの目玉という位置付けになっています。それでわれわれ観客のほうは、それを本当の儀礼だと思って見ているわけなんです。実際には、それの行われる前日に、河畔の繁みのなかにあるひっそりとしたところで、村人だけの本来の儀礼が行われています。
 しかし最近は、このプラーブックも個体数が減っていると言われていまして。 原因はよくわかりませんが、乱獲もあるようです。以前は獲ったものはレストランなどに売られて食用とされていたのですが、最近、一九九六年ごろからは、獲れてもまた河に放生するようになっています。

秋道■滋賀県では神様へ供える、「ナマズのなれ鮨」の儀礼がありますね。ドジョウといっしょに…。

川那部■今年五月に、私もはじめていただいて、賞味しました。それに琵琶湖固有のイワトコナマズはたいへん旨くて、大好きなものです。以前は京都にある鯰料理屋さんで食べられたのですが、最近は漁師さんにとくにお願いして、「獲れた」との通知を受けて、すぐ受け取りに行くような状態で、昔に比べれば、数がうんと減っているのは事実ですね。鍋にするのがとくによろしい。

秋道■私もときどき鯰料理のお店で食べますが、蒲焼きのすごいのがでますね。もうあれはステーキとかトロ以上、そしてそれらよりもあっさりしていて、美味しいですね。

秋篠宮■プラーブックの味もなかなかです。でもイワトコナマズと違って、南米のピラルクーなんかと同じように、魚というよりもどちらかというと肉に近い感覚ですね。中国系の人々のあいだでは、「コウメイギョ(魚)」という名で売られています。「コウメイ」とは「諸葛孔明」です。つまり、プラーブックは諸葛孔明の生まれかわりとも言われています。

川那部■三国志の孔明ですか。頭がいいという意味でしょうか。(笑)

秋道■それでいて、タイの人も中国人も食べるわけです。


描かれた鯰

秋篠宮■「世界遺産」としても有名なカンボジアのアンコール遺跡には、漁撈の様子の描かれたレリーフ、浮き彫りがあります。コイの仲間が多いのですが、ナマズらしきものも描かれています。ひげがあって、何かぬめっとした感じで…。一つしかみあたりませんでしたから、クメールの人たちはマイナーなイメージを持っていたのかな、という気もしますが…。近くにトンレサープという琵琶湖の何倍もある大きな湖があります。

川那部■雨季と乾季で、水位が大きく変動して、大きさもうんとかわる湖ですね。

秋篠宮■ええ。以前は手ですくえば魚が獲れるというほどいたといいますが、最近は少なくなっているようです。ここでもおそらく何らかのかたちで人とナマズの関わりがあったことは間違いなかろうかと思います。また、オーストラリアのアボリジニの人たちが描いている樹皮画にも、けっこうナマズの仲間が登場します。人間とナマズと鵜そして池が輪廻のように循環しているとの考えのようでして、神聖視されているようです。

秋道■西アフリカには、象牙にナマズを彫り込んだものがあります。大英博物館の所蔵品ですが、イギリスの研究者によれば、ナマズは乾期には地中に潜り、雨が降ると出てくる。そのような存在は、ちょうど自分たちのところに急に現れた、ポルトガル兵士のようなもの。だからシンボルとして、象牙に施したポルトガル兵士像のひざにナマズを刻み込んだのだそうです。

川那部■関西では、瓢箪でナマズを押さえる絵が通常ですね。室町時代の「瓢鯰図」から始まって、大津絵にはたくさんあります。いっぽう関東では、石がナマズを押さえることになりますね。いわゆる「鯰絵」です。

秋道■「要石」の絵ですね。鹿島明神さんが押さえている絵なんかもはやりました。ところで九州中部は、阿蘇信仰が非常にさかんなところですが、鯰を信仰する阿蘇系の神社がいくつもございますね。

秋篠宮■阿蘇の国造神社に参りますと、小さい祠があって、その中にご神体としてナマズがお祀りされています。阿蘇の鯰信仰は、かなり古いものだと思います。「地震と鯰」よりももっと古い時代から、日本人とナマズはつながりがあったわけです。

秋道■阿蘇では、瓢箪にも石にも押さえられていないのです。


「生きもの学」のすすめ

川那部■話が飛びますが、人間というのは、住んでいる周りの自然を長い時間かけて利用し、うまい共存関係をつくってきたわけですね。琵琶湖付近でいうと、たとえば梅雨のころになると、水位が当然に上がってくる。そこで、ナマズをはじめ多くの魚が周辺の川や溝に遡上し、田んぼまで来て産卵します。いわば水路の大きくなったものとして、魚は田んぼを認識してきたわけです。人間のほうは、またそれを利用して生きていきます。長く冠水して田んぼの米が少なくしか収穫できない年は、魚がたくさん獲れるから、なれ鮨などにして保存します。このようにして、生きものを中心とする自然と見事に関係して、文化をつくりあげてきました。しかし現在は、琵琶湖の水位は梅雨のころには、逆に下げるようになっています。ナマズにとっては、全くありえないはずのことが起こっているわけですね。こう言う状態は、魚だけでなくて、現在の人間の文化にも大きい影響を与えているのではないでしょうか。

秋篠宮■われわれが現在生きものを認識しているのは、図鑑ででも何でも、リンネ以来の体系、つまり自然分類・生物分類と言われるものによってです。これは世界中で共通の認識ができるという意味で、非常にすぐれた方法ですが、そのいっぽうで同じ魚でも、異なる文化の中では違って認識されていることも事実です。たとえばナマズを食べる・食べないなど、いろんな文化があるわけです。つまり人の接し方によって、その生きものはまったく違うものにもなってくる。言いかたをかえると、地域の人たちに投影される文化表象の違いですね。そういう生きもの観。「生物」というより、私は「生きもの」というほうが好きなんですが、私たち日本人の中での地域による違いなどについても、これからはもっと再認識をして行くのがいいのではないでしょうか。

秋道■「生きもの学」は、文化や歴史をぬきにして語れないものです。わけているのは研究者で、その地域の人たちは、「もの自体」として考えています。私たちが学んでいく点は、そうした地域の視点や考え方であろうと思います。「これだけはやめてくれ」と言うのは、研究者の立場かもしれませんが、地元の人も「これだけはやめろ」と主張できる、いや、しなければいけない時代ではないでしょうか。

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