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学芸技師 中井克樹
(動物生態学)
古代湖とは? |
湖のなかには、ロシアのバイカル湖、アフリカのタンガニーカ湖やマラウィ湖(ニアサ湖)、ヴィクトリア湖、南アメリカのティティカカ湖、そして私たちにとって身近な琵琶湖など、それぞれの湖にしかいない固有の生物が多くすんでいる湖があります。これらの湖に共通する特徴は、ふつうの湖とくらべて歴史が非常に長く(目安として一〇万年以上)、生物が独自の進化を遂げるのに充分な期間、湖の環境が維持されてきたことです。これら固有の生物に満ちた歴史の古い湖のことを「古代湖」と呼ぶのです。
淡水生物にとって湖はまわりの水域からある程度隔離された環境です。この点で、淡水生物にとって湖は、陸上生物にとっての島とよく似ています。そして、陸上生物が進化をくりひろげたガラパゴス諸島や小笠原諸島などのように、古代湖もさまざまな淡水生物の進化の舞台となり、しばしば「進化の博物館」とも呼ばれてきました。また、近年、国際的に「生物多様性の維持・保全」へむけての関心が高まるなか、古代湖は「生物多様性の宝庫」としても注目を集めています。
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古代湖と固有の生き物たち |
では、世界のほかの古代湖に目を移してみましょう。
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バイカル湖の生き物では、まずヨコエビとカジカの仲間が目をひきます。ヨコエビはなんと三〇〇種近くが知られていて、そのほとんどすべてが固有種です。体の左右にするどいトゲがはえたものなど、大型種が多いことも特徴です。魚類では全体の六割の種がカジカの仲間で、沖合いで完全な遊泳生活を送るゴロミャンカとよばれるたいへん奇妙なカジカもすんでいます。生態系の頂点にたつバイカルアザラシも、湖のシンボルとしてよく知られています。
アフリカの湖でもっともめざましい進化がみられるのは、カワスズメ科の魚(シクリッド)たちです。古代湖であるタンガニーカ湖、マラウィ湖、ヴィクトリア湖では、それぞれ何百種にもおよぶカワスズメがすんでいますが、ごく一部をのぞいて固有種ばかりです。カワスズメたちは、それぞれの湖の中で独自に進化し爆発的に多くの種に分かれてきたのです。なかでもマラウィ湖のカワスズメは一説には一〇〇〇種を超えるとも言われるほど多くの種に分かれています。また、タンガニーカ湖ではトゲカワニナ科の巻貝も海の貝を思わせるほど多様に進化しています。タンガニーカ湖の生物が知られはじめた当初は、この湖の生物が大昔の海の生物の生き残りではないかと考えられたこともあるほどです。
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古代湖と人とのかかわり |
琵琶湖の場合、ニゴロブナやホンモロコをはじめ、ビワマス、イサザ、セタシジミなど、漁獲対象となるおもな魚貝類は琵琶湖の固有種(または亜種)です。現在最大の漁獲対象となっているアユも、琵琶湖水系のものは水系外のものと遺伝的にかなり異なっていることがわかってきました。
バイカル湖で最も重要な漁業資源であるサケに近いオームリは、バイカル湖の固有亜種です。タンガニーカ湖では、アフリカ内陸部の重要なタンパク源として広く流通しているイワシの仲間や、多様多種なカワスズメなど、市場に並ぶ大部分の魚は固有種です。周辺地域で動物タンパク質の多くを魚に依存しているマラウィ湖でも、固有種への高い依存度はかわりません。
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しかし、人間の活動は、さまざまな形で古代湖にも影響を与えるようになり、過剰な漁獲や、水質の悪化、土砂の堆積、外来種の侵入などの問題が生じています。すでにヴィクトリア湖では、外来種の侵入・増殖により、五〇〇種はいたカワスズメの固有種の半数近くが絶滅の危機に瀕しています。琵琶湖でも、固有種の魚貝類の大部分は減少傾向が続いています。
古代湖の固有種は、一旦絶滅すると二度と戻らないかけがえのない存在ですが、その将来は決して楽観視できない現状です。そして、固有種を介した古代湖と人びととのかかわり方も、大きく変わりつつあるのです。
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