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鼎(ていだん)談

ただ楽しいだけではなく、遊びがおのずから科学になるように


ゲスト
ベルニー=ズボルフスキー氏

琵琶湖博物館 館長
川那部浩哉

学芸員
芦谷美奈子




芦谷■アメリカのボストンには、参加型展示の草分けともいうべき「こどもの博物館」があります。ズボルフスキーさんは、この博物館で一九六九年から二十三年間に渡り、さまざまな展示を作ってこられた方です。昨晩おそく日本に到着されたところで、お疲れのところを琵琶湖博物館にお越しいただき、ありがとうございます。

ボストンのこどもの博物館の「レースウェイ」の一つ。他にもU字のレールや、「スキージャンプ(ボールを遠くへとばす)」などがある(写真提供:染川香澄)

科学は遊びから

ズボルフスキー■私が作ってきたのは、主に物理に関する展示です。中でも、玉をレールの上で競争させる「レースウェイ」と、「シャボン玉」を扱ったものとは、子どもたちにもたいへん人気のある会心の作です。

川那部■去年初秋ボストンを訪れたとき、ひとまわりしたのですが、特に感激したのは、まさにその二つでした。解説などは何もなく、子どもたちが思い思いに遊んでいる。しかし、しばらくすると転がり降りてきた球を囲んで、どの角度で上にとばすと遠くまで行くかなどについて、お互いに議論を始めたのです。現象を見ているうち、物理学の「原理」がおぼろげにわかってきたようでした。

ズボルフスキー■子どもたちは人に指示されなくても、「レースウェイ」で何かを発見します。ある女の子は、レールがU字になった部分でボールを行ったり来たりさせていましたが、そのうちにボールを増やしていき、結果として慣性に関する立派な実験をしていました。

川那部■他のところでは、概念の解説がまずあって、現象が後になることが多いですね。子どもたちは興味を示しますが、続いて内容を考えることにはならないような気がします。その点、ボストンのこどもの博物館の場合、いろいろな現象を自分で作り上げてみるところから始まっているわけですね。

 琵琶湖博物館のディスカバリールームも、現象から始めていますが、ただ楽しいだけではなく、遊びがおのずから科学になるように、もう少しならないと、と強く思いました。

芦谷■ディスカバリールームの展示は、単純な現象ではなく、生物と生物の関係や進化、人の暮らしの歴史や習慣などを扱っていて、何かの原理で表すのが難しいのが悩みの種です。

 遊んでいるうちに、博物館全体のテーマへ興味を持って、さらに世界が広がるきっかけになるように、展示にもいろいろと工夫をしていて、いくつかはかなり成功していると思います。さらに良くしていくために、研究中です。

展示の背景にあるもの

芦谷■ところで、「レースウェイ」のような展示を作る背景には、どのような工夫があったのでしょうか。

ズボルフスキー■私のやり方は、展示で取り上げる現象について、事前に何年も取り組んで見ることです。

 まず最初に、どんな現象が子どもや大人の興味をひくかを考えます。そして、「原型」といえるようなものを探します。アメリカやヨーロッパでは、理科の授業は「エネルギー」「生命」「音」「電気」から始まりますが、私の場合はむしろ「波」「影」「車輪」「バランス」などが原型で、そこから始めます。次に、自分で遊んでみて、その現象と「対話」しながら、材料の「感じ」をつかもうとするわけです。それから学校に行って、五週間くらい多くの子どもたちと試してみます。何年かそうやって、やっと十二種類程度が残りますが、その時になって、やっと実験の中に物理や生物の概念を理解する鍵が生まれるのです。

芦谷■材料を吟味しながら、大きな芸術作品をつくっているわけですね。

ズボルフスキー■私は、科学者であるというより、むしろ芸術家だと思っています。自称は「ブリコラー(BRICOLEUR)」、つまり「何でも屋」です。もとはフランス語(「ブリコリュール」)で、「手当たり次第に何でもものを集める」というようなところから来ています。集めるだけではなくて、形を変えて新しいものを作ったり、修復したりする。人類学者のレヴィ=ストロースが、「古い伝統的社会の語り部は、さまざまなシンボルや物語を組み合わせて神話や伝説を語る、ブリコリュールだ」と書いていますが、私は、ごく基本的な物理現象と身近で簡単な材料を使って、学習的な体験を作り出すブリコラーなのです。

琵琶湖博物館でのセミナーのひとコマ。シャボン玉の実験から、物理の原理を知る。

「美しさ」と「共感性」とがもっとも重要

川那部■ボストンこどもの博物館では、「シャボン玉」の展示にも、感心しました。やはり科学的な知識を持たずに遊んでいるうちに、その原理に気づくものでしたね。それに「シャボン玉」の場合、色も形もたいへん美しい。しかもその美しさの中に、いろいろな科学的な情報が隠されているわけです。「美しさ」が大事だと、改めて思いました。

ズボルフスキー■科学教育の美的な側面というのは、これまであまり語られることはありませんでした。しかし私も、科学の美的要素こそが、人を現象に引きつけ、さらに原理やシステムを理解させようとするものだと思います。科学の展示は、芸術の展示でもあります。

 以前、アメリカで食紅を水に落とす実験をしたことがあります。こうすると、水中でさまざまなパターンが描かれます。そのとき教師たちの中から、「これは科学ではなく、ただの芸術だ。なぜなら美しすぎる」との反応がでました(笑)。流体の動きや自然のパターンを知るためのヒントが、この実験には数多く含まれているし、生物や気象や血液の勉強にも応用することができるのですが、理解できなかったようです。

 科学で重要なもう一つの要素は、「共感する」ことです。「シャボン玉を吹いているうちに、息といっしょに自分が石鹸膜の中に入ってしまったようだ」と言った少女がいましたが、これが「共感」のひとつです。

芦谷■琵琶湖博物館の展示には、共感をよぶものや、美的な要素があったでしょうか。

ズボルフスキー■「共感」はもうすでに確立していますね。地域に焦点を合わせているところがすばらしい。湖沼の生態と人の暮らしのさまざまな側面を扱っていて、まず判りやすい。これが多くの人々の「共感」を呼ぶ、その根源ですね。また、「美的」な方へ引き込む要素も、部分的には持っていると思います。

川那部■「湖と人間」というのは、自然と人との相互関係のことです。だから、自然史と民俗史・文化史を分けるのではなくて、そのつながり自身を、つまり「生命文化複合体」を展示しようとしたわけです。もちろん、歴史的に作られてきたものとしてのね。

ズボルフスキー■琵琶湖博物館のそういった姿勢が、特に好きです。現在では、純粋自然のみを取り出すことは、世界中どこでも不可能ですし、そもそも生態系には元来、人が含まれているのですし、人は生態系の一部なのですから。

いま考えていること

芦谷■ズボルフスキーさんは、展示やワークショップや本を通じて、科学的な面白さをもっと広めようと努力してこられたわけですが、とくに今は、どのようなテーマに興味をおもちなのですか。

ズボルフスキー■私の基本は、一つの現象について数多くの実験を展開し、さまざまな方向から原理を見ていくことです。たとえば『波(waves)』という本には、三十種類ほどの実験がおさめられています。「レースウェイ」の展示でも、九種類ぐらいの実験ができるようにデザインしました。

 学校では、同じテーマでは、せいぜい二日くらいしか費やしません。しかし私の考えでは、六週間は必要です。そうすれば子どもたちは、自分で原理を発見できるのです。私のものを真似ている展示も方々で見かけますが、できる実験はせいぜい二種類ぐらいですね。作った人たちは、展示というものの本質を理解していないのです。

 今進めているのは、「池」というテーマです。これも、長い時間をかけてさまざまな点から、池の生態系を調べるものです。小学校から中学校にかけて、三年に一度ずつ三回、同じ池を観察します。最初は魚や貝など大きな生物を、二度目はヤゴなどのようなやや小型の生物を、最後の年は原生動物など微小生物を扱います。しかし現実には、こういった長い期間が必要な学習は、学校ではなかなか取り上げてもらえません。

学校とのさらなる協力を

ズボルフスキー■一つお尋ねしたいのですが、琵琶湖博物館は学校教育とは、どのような関係にあるのでしょうか。博物館と学校と家庭をむすびつけるような理念があるように、感じたのですが。

芦谷■準備室の段階から、さまざまな調査に直接または間接に参加してもらって、展示づくりや野外活動をおこなってきました。開館してからは、学校行事としての見学も増えています。また、準備期間中から、学校の先生方に学芸スタッフとして一緒に仕事をしていただき、彼らと共同で教師用の解説書も作りました。

 それに今年からは、学校との継続的な連携も公式に始まります。まずはモデル校を選んで、交流することになりました。修学旅行も増えてきましたが、ただ見て終わるのではなく、展示の意味を少しでも考えてもらえればと思います。

ズボルフスキー■アメリカの自然史博物館では、「生物多様性プロジェクト」として、全米の学校で生徒が自分たちの地域の生物のリストをつくり、インターネットを使って情報交換することが行われています。予算と人材の必要なプロジェクトですが、こうすれば、室内で工学的技術を使うだけではなくて、本物の生物をまずは野外で観察することから始まります。最終的には、その資料を博物館が回収して、全アメリカの生物分布地図などを作るのでしょうが、学校と博物館との協力の例としては面白いと思います。

川那部■結果の集積はもちろん大切ですが、その過程も重要ですね。

芦谷学芸員の説明で館内を見学されるズボルスキー氏。琵琶湖博物館の姿勢も理解されたようだ。

五年後十年後に向けて

川那部■それに、琵琶湖博物館を五年後、十年後にどう変えるべきかを、中にいる研究者だけではなくて、多くの人々と一緒に、今年から考え始めることにしました。

ズボルフスキー■それは素晴らしいですね。よい展示やカリキュラムを作るには、長い時間がかかります。そして、人に投資する必要もあります。この博物館から始めて、地域や国を巻き込んで、行動をおこしてください。五年後には、成果を見せてもらうために戻ってきます。(笑)

芦谷■その時には、活動の幅がいっそう広がって、いろいろな意味でもっと大きな博物館に成長していたいものです。本当にそうなったかどうかは、ご自分の目でその時に確認してください。(笑)

 (一九九八年四月三〇日)

 翻訳:芦谷美奈子 協力:染川香澄


ベルニー=ズボルフスキー氏

プロフィール

 1967年にボストン=カレッジで教育学と理学で修士を取得。前後にバングラデシュやエチオピアで教員指導。1969年からボストンこどもの博物館で、展示デザインやカリキュラム開発に取り組み、エクスプロラトリアムの展示も製作。現在は教育開発センターのディレクター。

 著書は多数あるが、日本では『シャボン玉の実験』(さえら書房)など、3冊が出ている。

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