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特 集

[Shiga, a Treasure-house of Dragonflies]

近江はトンボの宝庫

主任学芸員 内田 臣一(水生昆虫学)

滋賀県は淡水が豊か

 琵琶湖をとりまく滋賀県、近江の国は、もとは淡海(あはうみ)の国と呼ばれていました。昔はもちろん、今でも近江の地は、淡海、すなわち琵琶湖をはじめとして、池や川、田んぼや湿地など淡水の豊かなところです。このような淡水をすみかとしている魚、貝、虫などのひとつに、トンボの仲間の昆虫があります。トンボは、こども(幼虫)の時はヤゴと呼ばれ水の中で育ち、おとな(成虫)になると陸へ上がって水辺を飛び回ります。ギンヤンマの水色、アカネの仲間の赤など、色彩が美しいこともあって、水にすむ昆虫の中では愛好家が多い仲間です。

オオサカサナエ(山本哲央氏撮影)

ガソリンスタンド経営とトンボ研究

 琵琶湖博物館では数年前から、このトンボたちを愛してやまない人たちの集まり「蜻蛉(トンボ)研究会」が滋賀県内のトンボの種類相と分布を詳しく調べるのをお手伝いしました。研究会の会員の皆さんのほとんどは、トンボの研究を職業とされている方々ではなく、本業はガソリンスタンド経営、高校の先生、自動車会社の社員などさまざまです。こういった方々の熱心な協力によって、この調査は都道府県単位では今までにない詳しい調査となりました。今や滋賀県は日本でトンボの種類相と分布が最もよく調べられた県になったと言っていいでしょう。ここでは、このトンボ研究会の調査の結果をかいつまんで紹介したいと思います。詳しい内容については、別に報告書が出ていますので、参照してください(蜻蛉研究会編 「滋賀県のトンボ」琵琶湖博物館研究調査報告 第一〇号)。

トンボの知識を駆使した綿密な調査

 調査結果はまず滋賀県の市町村ごとに、次に地図上の五五の方形区(メッシュ)ごとに集計しました(図)。この調査の優れているところは、調査の早い時期にいったん結果を市町村・方形区ごとに作表・作図し、今までに知られているトンボの各種のすみかについての知識から、「見つかるはずなのに見つかっていない」市町村・方形区を探し出し、そこへ重点的に出かけて調べたことです。種類相と分布の調査では、しらみつぶしに現地を調べるだけでは、労力をかけた割には意味のある結果が出ません。その点、この調査は、労力はもちろんのこと、賢さにも裏付けられた綿密な調査といえるでしょう。

キイトトンボ(杉谷 篤氏撮影)

ギンヤンマの雌雄(近藤祥子氏撮影)

どこにでもいるトンボ
すみかを選り好むトンボ

 この綿密な調査によって、トンボの種ごとの分布にはっきりした特徴があることがわかりました。たとえば、オニヤンマ、シオカラトンボ、ノシメトンボなどは山地にも平地にもすんでいて(分布図上)、滋賀県内ではどこにでもいるトンボの代表です。これに対して、すみかを選り好み、滋賀県内では限られた場所でしか見られないトンボもいます。例えばオオサカサナエ(写真)は琵琶湖とその周辺だけで見つかりますし(分布図中)、ヒラサナエは湖西地方の山地にしかいません(分布図下)。

大津市はトンボで日本のトップ

 見つかったトンボは九八種で、これは日本の都道府県別では最も多い水準に入ります。また、大津市だけからでも九六種のトンボが見つかり、大津市は市町村別のトンボの種数では全国トップにおどりでました。これほどではなくとも、滋賀県の市町村には平均して七〇種ものトンボが生息していることになります。この平均の種数も全国の都道府県でトップです。

マイコアカネの雌雄(杉谷 篤氏撮影)

なぜトンボが多いのか

 なぜ滋賀県ではこんなにトンボの種数が多いのでしょうか。いろいろな理由が考えられるのですが、主な理由としては次のようなことがあげられます。

(1) 中央に大きな琵琶湖があり、その周辺に比較的小さな平野とそれを取り囲む山地と地形が変化に富んでいるので、様々な環境に適応した多くの種が生息できる。

(2) 琵琶湖をはじめ、大小多数の河川・水路や内湖と呼ばれる湖、またたくさんのため池、湿地があり、水で育ち、その周りで生活するトンボにとって選択の幅が広い。

(3) 少なくとも数十万年の歴史を持つ琵琶湖が、オオサカサナエなどこの周辺にだけすむトンボの進化の場となった可能性がある。(ただし、琵琶湖本体にすむ種はあまり多くない。)

(4) 京阪神地区に比べれば、開発が進んでおらず、昔からトンボの生息環境が比較的よく保たれている。

トンボ研究会調査のようす

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