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●研●究●最●前●線●

淡水魚の繁殖

学芸員 松田征也(魚類繁殖学・底生動物学)

 寒さ厳しい冬が過ぎ、水ぬるむ琵琶湖岸の植物帯には、ゲンゴロウブナやコイなど多くの魚たちが産卵のために接岸します。博物館で飼育している魚たちも、春の訪れを感じて産卵期を迎えるものがいます。現在博物館で繁殖している魚は、自然の水域で生息数の減少している種類や、新たに入手する事が難しい外国の魚などで、その数は現在四〇種類を越えようとしています。春から夏にかけてのバックヤードは、繁殖した魚の稚魚たちでいっぱいになります。ここでは、タナゴ類とスゴモロコの繁殖について紹介します。

珍しくなった魚「ぼてじゃこ」の繁殖

滋賀県で「ぼて」または「ぼてじゃこ」と呼ばれている魚は、コイ科タナゴ亜科の魚たちです。県内には六種類が生息しています。一九八〇年代中頃まではごくありふれた魚でしたが、最近ではいずれの種類も生息数が減少しています。博物館では、日本に生息するタナゴ類一五種類のうち、一一種類を自*然産卵と人工授精の二つの方法で繁殖しています。秋に産卵するイタセンパラとゼニタナゴはイシガイ科の二枚貝に産卵させて繁殖しています。この二種類は九~一一月が産卵期で、産み込まれた卵は翌年四~五月に仔魚となって貝の中からでてきます。産み込まれた卵はふ化したあと半年以上にわたり貝の中で過ごします。従って、貝の生死が繁殖の明暗を分けることになります。

 ところが、水槽内での二枚貝の飼育は難しく、普通に飼っていては一ヶ月ほどしか生きません。そこで、琵琶湖の水をポンプアップして、二枚貝の飼育水槽に導入したところ、一年以上飼育できるようになり、繁殖数も安定するようになりました。ところが、用意した貝には産卵してくれないタナゴもいますからうまくゆきません。そうしたタナゴたちは人工授精で繁殖しています。人工授精とは、成熟した雌の腹部を軽く圧迫して卵を搾出し、その直後に精子をかけて受精させるものです。

 受精した卵は、仔魚となり浮上するまでガラスシャーレの中で過ごすことになります。シャーレの飼育水は毎日換水するのですが、このときの受精卵やふ化仔魚の取り扱い方の僅かな違いが、生育に大きく影響することが分かってきました。飼育方法の改良により、八〇%以上の確率で卵から稚魚に育てることができるようになった種類もあります。しかし、タナゴ類は本来二枚貝に産卵するもの! これからは、いかにして貝に卵を産んでもらうか? その研究が必要です。

スゴモロコ

性腺刺激ホルモンの腹腔内注射

性腺刺激ホルモンを使った「スゴモロコ」の繁殖

琵琶湖固有の種類であるスゴモロコは全長一二㎝ほどのコイ科の魚です。湖内での産卵生態は不明で、繁殖試験もほとんど行われていませんでした。この魚を飼育していたところ、一九九六年の十二月ころから雌のお腹が膨らみ、やがて雌の後を数尾の雄が追尾する行動をとるようになりました。産卵するのかなと思っていましたが、いつまでたっても産卵しません。そこで翌月の十三日に成熟した雌と雄を数尾他の水槽に移し、排卵を誘発する目的で性腺刺激ホルモンを腹腔内に注射したところ、およそ一五時間後に産卵が確認されました。産みだされた卵は順調にふ化し、たくさんの稚魚を得ることができています。生まれた赤ちゃんたちは、現在全長八㎝ほどに成長し、展示水槽にデビューしています。

*ここで言う自然産卵とは、タナゴ類本来の繁殖生態である生きている二枚貝に産卵させるという意味で使用しています。

ふ化直後のスゴモロコ




表紙の写真

(メンカラスガイの幼貝)

 表紙の写真は、琵琶湖固有の貝の一つであるメンカラスガイの幼貝です。光沢のある薄いピンクと緑色のコントラストが大変美しい貝です。しかし、この美しさも幼貝の時期だけで、大きくなるにしたがいその色彩は暗くなり、やがて真黒になってしまいます。また、砂底に生息するものより泥底にいる個体の方がその美しさが鮮明です。

 メンカラスガイは、水族展示「内湖・ヨシ原にすむ魚たち」コーナーで見ることができます。

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