Go Prev page Go Next page

特集

[drops of Water as LifeBlood]

お茶わん一杯のご飯から田んぼをみると

―ワクワクたんぼ探検展示のご案内―

総括学芸員
嘉田由紀子
(環境社会学)

専門員
水上二己夫
(農業工学)

お茶わん一杯のご飯には、
水一千杯分がつまっている

 朝食、あなたは「ご飯党」それとも「パン党」? 朝はパン、お昼はうどんやスパゲティという人でも夕食はご飯という人は多いでしょう。ところであなたはご飯を食べるとき、そのお米をつくるのに、どれだけの水を使っているか考えたことありますか?

 そうですね、そんなこと考えなくても、毎日くらしていけます。でも、ふだんから目の前にあって、あたり前と思っていることに、ちょっと「好奇心」という目を注いでみたら、あなたのくらしも少し心ゆたかになるかもしれません。そんな目をそそぐには、お米と田んぼは、いつでもあたり前にいっぱいあるから、逆にぴったりのテーマというわけです。

 そう、それでさきほどの答えは「お茶わん一杯のご飯(約175グラム)をつくるのに、水はその約1000杯分(222リットル)も必要」です。222リットル(※)といえば、ペットボトル一一一本分。大げさかもしれませんが、お米は水の精霊がつまった食べ物なのです。

※「近畿農政局資源課調査データ」から引用

お米をつくるのための
水の工夫

 お米をつくるのには水が命。昔から「水の一滴は血の一滴」といわれるほどに、農家の人たちは、水を求めるのに苦労をしました。近江での最も古い水田の跡は、約二三〇〇年前の、琵琶湖畔の安土町の「大中の湖南遣跡」です。その時代は、湖岸の湿地で、湖の水を米つくりに利用していました。その後、古墳時代になって、鉄の道具などが利用できるようになると水路を正確につくる技術も生まれ、水田は、山の谷間の川筋にのびていきます。いわゆる水路潅漑による棚田です。また大きな河川周辺に小水路をひいて、平野部の水田もできてきます。また奈良時代や平安時代になると、山すそにため池をつくり、わき水や雨水をためて水田に使うという方法もできてきます。平安時代にできたというため池で、有名なものでは八日市の布施溜があります。

 このように、近江周辺では古来から、それぞれの地勢にあわせて、湖水、川水、ため池の水、わき水、地下水など、いろいろな水利用の工夫がみられました。水路や河川やため池は今では「自然」そのものにみえますが、古来から、多くの人びとの労働や技術がそそぎこまれてきたものです。そのような意味では、田んぼはもちろん、水路もため池も、自然と人工の中間にある「半自然」ともいえるものです。そして、これらの水利用の歴史がつい最近のほ場整備まで、維持されてきた、というのが近江の大きな特色といえます。

 あなたの家の横、目の前、きっと水路や河川があるでしょう。それはいつだれが何を目的にひいたものか、ちょっとしらべてみてください。

図1 琵琶湖鳥瞰図
(『滋賀県地域環境アトラス』より)

図2 琵琶湖水綱図

図3 ホタルの分布図
(1990年 水と文化研究会提供)

田んぼと水路に集まる
生き物たち―ホタル

 現在の近江の田んぼの面積は全体で約五万へクタール、農地の九割以上を占めています(図一 琵琶湖集水域鳥瞰図)。その田んぼに水をひくために、近江には、まるで人体でいう「毛細血管」のような水路綱が、山から平野部、湖岸に至るまでくまなく引かれています(図二 琵琶湖水網図)。この水路やため池、田んぼそのものを目当てに、実はいろいろな生き物が何百年、何千年という間にすみつきました。その代表が、ドジョウ、タニシ、カエル、トンボやホタルです。またあぜ道にはえるタンポポ、彼岸花です。ドジョウやタニシやカエルが田んぼに多いというのは皆さん経験ずみでしょう。ここでは、ホタルと田んぼの関係について、少し紹介してみましょう。

 「ホタルは深山幽谷の生き物」と思っておられる方は多いのではないでしょうか。山あいの美しい水に育つのがホタル、というイメージは私たち日本人の間に強いようです。一九八九年、地域の人たちといっしょにホタル調査(ホタルダス)をはじめるまで、何となくそう思っていました。でも、いざ調べはじめてみると、ホタルは山の中よりもむしろ里、それも水田がひろがっている平野部にたくさんいます(図三 ホタル分布図)。

 なぜなのでしょう? この疑間をとく鍵のひとつが「田んぼ」にあります。私たちが知っているゲンジボタルもへイケボタルも幼虫の時代を水の中で過ごします。ゲンジボタルはカワニナ、へイケボタルはモノアラガイなど、いずれも貝類を食べて大きくなります。結果としてゲンジボタルは田んぼの横の水路、へイケボタルは田んぼの中や横の水路、ため池などにすみつきました。もし田んぼがなかったら、日本中こんなにあちこちにホタルはいなかったはずです。でも田んぼが水を必要とするのは、春から秋の米つくりの季節だけです。米つくりにとって冬の水は不要です。

 ホタルにとって冬の水はどうでしょうか。ホタルダス調査をしてだんだんわかってきました。ゲンジボタルの幼虫は、たとえ一日でも乾いてしまうと生き延びられません。それに対してへイケボタルの幼虫は数ケ月、土の中で飢えをしのびながら乾燥に耐えることもできます。ということは、ゲンジボタルが生き延びるためには、冬でも水がないといけません。最近、冬に水がない水路が増えています。いわゆる「農業の近代化」によって「合理的に」水を節約するために、冬には水を流さない水路が増えました。米つくりだけを考えていたら、冬水は不要ですが、ホタルやドジョウのような生き物のことを考えると、冬水はなくてはならないものです。

水田生態系の変化を
皆で調べよう

 そんな田んぼ、水路、くらしのかかわりが大きくかわるのが昭和三〇年代です。小さな田んぼを大きくし、曲がりくねった水路をまっすぐにして水漏れがないようにコンクリートにし、川からひいていた水を琵琶湖から汲み上げて、というような農業構造改善が行われはじめたのも昭和三〇年代です。これでしんどい草取りからようやく解放されました。肥料も、有機質から化学肥料にかわりました。堆肥づくりも、湖岸の水草や泥藻をとって肥料にするしんどい作業からも解放されました。農業の改良は農家にとって、悲願の近代化だったのです。

 一方、水田の変化に適応できなくなって、多くの生き物が私たちの目の前から姿を消していきました。ホタルもドジョウもそのような生き物でした。こんなに大きくかわった田んぼですが、実は意外と調査がされておりません。琵琶湖博物館では、今、地学、生態学、歴史学などさまざまな分野の人たちが共同して水田の変化について総合研究をはじめています。でも近江中にひろがる田んぼについて、最もくわしいのは昔さんご自身かもしれません。田んぼの生き物や田んぼと私たちのかかわりについて、興味をおもちの方、私たちの調査に参加してください。

ギャラリー展示へのお誘いポスター

「ワクワクたんぼ探検」展示へのお誘い

 また田んぼの不思議、田んぼからみえること、いろいろを、一九九八年一〇月から一一月にかけてギャラリー展示を企画しました。「ワクワクたんぼ探検」として、農政水産部の皆さんが中心となって考え、製作した展示です。関連行事もいろいろ計画しました。この機会に、あらためて、私たちにとってあたり前にみえる田んぼやお米の神秘、その不思議にせまってみてください。

-3-

Go Prev page Go Prev page Go Next page