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館長対談

農業と環境

―これまでとこれから―

 【ホスト】

川那部浩哉


滋賀県立琵琶湖博物館館長

 【ゲスト】

アン・マクドナルドさん


アン・マクドナルドさん:カナダ生まれ。
農業エッセイスト・県立宮城大学講師


日本の農村に住みついたわけ

マクドナルド■グッド=アフターヌーン。カナダの中央のマニトバ州で生まれ育った私が、日本の農村に住みついている理由ですが…。私は子供のときから、父の仕事で、スウェーデンやメキシコにもいました。高校に進学したとき、これらとは違う言葉・文化・世界観のところへ行ってみたいと、交換留学生を希望したところ、たまたま日本に来ることになりました。1982年のことで、大阪府河内長野市の高校に一年間通いました。その時は、身振り手振りばかりで過ごして、毎日芝居をやっているような感じだったわけです。そこで88年に今度は大学生として、九州の熊本で一年間、日本の文化・歴史や国際政治学を学びました。

 戦後日本が歩んだ道に興味を持ち、どうして日本はこういう急激な変化を遂げたのかを、知りたいと思いました。都会では「すばらしい成功」という言葉ばかりを聞くのですが、光の裏には影もあるんじゃないか。経済的成功を得たけれども失ったものもあるだろう。それを追求したいと思って、農村を訪ねたのです。

 熊本でのイグサ植え、畳表にするイグサですね、これが私の「農村入門」でした。機械化されていない農作業をやりながら、体でいろんなことを覚えました。おじいさん・おばあさんの話も聞いて、その生活の知恵に魅せられました。そして八九年の冬に、長野へ行きました。国籍・学歴を問わず、農村の仕事をしたい人は誰でも入れる施設です。そこで私は、生まれてはじめてニワトリも殺しました。

 その頃興味を持っていたのは、「明治生まれの農家と職人」です。学者の目からではなく、日本の命を支えて来た人たちの目から見た、戦後の変化を知りたかったのです。そこで書いた卒業論文が、六年前に『原日本人挽歌』という本になりました。私の最初の本です。職業として農業をする才能はないと判ったので、その後は、現場の声を拾って広めるパイプ役になろうと、努力しています。

土と水にどっぷり浸かる日本の農業

川那部■カナダは飛行機で飛ぶばかりで、地上を横断したのは、汽車で一度だけなんですが。(笑) ロッキー山脈を越えて東へ行くと、平原以外に何にもない。農業と言っても大分違いますね。

マクドナルド■本当に何にもないところです。マニトバでは、地平線まで麦畑が拡がっているだけで、車で2~300キロ走ってもずっと同じ景色です。日本にはじめて来たとき、東京駅から新幹線に乗って、「大阪駅ですよ、降りなさい」と言われた時、「えっ、東京をまだ出てないんじゃない?」って思ったんです。ずっと建物がつながっていたし。(笑)

川那部■広さの問題がまず違うし、それに日本の農業は、水との関わりが強いですね。カナダは逆に乾いた土地で、ムギと牧草ですか。

マクドナルド■父はウクライナ系の開拓者の長男で、牧場をやっていました。子どもの頃夏休みには父の実家に行き、少しは手伝ったりもしました。しかし祖母の野菜畑だけは別として、タイヤだけで二階建ての家ぐらいの高さのある、大きい機械を使っていました。だからあまり土と接することはなくて、非常に距離があるんです。ところが田んぼでは、特に女性ですから、機械にあまり乗らない作業が主になります。泥に入って、ゾウみたいに歩きましたが、ほんとに「どっぷり浸かっている」感じですね。

川那部■自然に直接触れずに、大きな機械を介在させるのが、日本の農業の理想像だと、しばらく前までされていたようですが、アンさんのご意見は?

マクドナルド■いろんなかたちがあって良いんじゃないでしょうか。一つのやりかたが行き詰まった時に、他の選択肢があった方が良いと言う意味でも。いま住んでいる東北でも、活発な議論がされています。「生き残るには規模拡大を進めなくてはいけない」という意見に、今のところ賛成する人が多いようですが、地理条件に合えば、それも良いんじゃないでしょうか。ただ、全部同じになるのには、大きい疑問・抵抗があります。

川那部■では逆に、カナダでも土に触る方向の動きはあるんでしょうか?

マクドナルド■ええ。規模を拡大すればするほど大資本が必要になって、農業をできるのはお金持ちだけになってしまいました。それへの反省として、小規模経営が議論されています。有機栽培に取り組む動きも、西海岸とオンタリオ州で活発で、評価され始めてもいます。

若い人たちは舌が「音痴」

川那部■日本にはもう、何年いらっしゃるんでしたっけ?

マクドナルド■滞在期間を合算すると、もうすぐ十年になります。

川那部■私は食い意地が張っているので、すぐこういうことを聞くんですが。(笑) 主に何を食べてられますか?

マクドナルド■朝は、パン・果物・ヨーグルト・ジュースです。昼は、自分で炊いたご飯の弁当を持って行きます。夜はいろいろで、パスタの日も、焼き魚に米と味噌汁の日もあります。日本食はだいたい50%ぐらいでしょうか。

川那部■日本の若者に比べて、日本食の割合が高いかも知れませんね。それはそうと、周りの人と食べものの話をされますか? 日本人の食物は最近、風土との関係が薄れて来ているようですが。

マクドナルド■若い人たちは、舌が音痴ですね。(笑) 大学で本当にびっくりしてるんですけれど、ポテトチップスとか、日本に入って来たアメリカの変な食文化の味に慣れて、米にしても、これがおいしいと言う判断がありませんね。大学に入るとコンビニ生活ですし。舌が「疲れ」てしまわないかと心配するんですけど、学生は全く平気ですね。(笑)

川那部■私は、京都生まれの京都育ちですが、ダイコンにもいろいろ違う味のものがありました。風呂ふきにするのはこれ、おろしダイコンにするのはあれなどとね。最近は一つになってしまって、辛いおろしが食べたくても、ないのです。

マクドナルド■最近、農家の人たちが農産物を持ち寄って売る、ファーマーズ=マーケットが出来ましたね。もしかしたら、そうした世界が復活するんじゃないかと、思うんです。大都会の言いなりに、農村からものが移動するだけでしたけれど、これからは作る側の主張も出てくるようになると、期待しています。

川那部■琵琶湖の周囲の水田は、以前は梅雨の頃には、一続きになったのですよ。フナやナマズの仲間は、そのときに田んぼに入って産卵をしました。多量に捉えて塩漬けにし、ご飯に漬けて発酵させたのがフナずしです。しかしこの食文化も、湖と田んぼあるいは内湖との関係が切れて、いまや息も絶えだえです。

マクドナルド■昨日、沖島でフナズシを頂きました。私は好きですね。一昔前までは一般の人たちが食べていたのに、今はもう贅沢品ですね。でも、コンビニ食の若者には、味が判るのでしょうか。

コンビニ型から手作り弁当型へ

川那部■研究者になった当初、琵琶湖はなかなか難しいから逃げて、(笑)山陰の宍しん道じ湖・中海なかうみ・美保湾で調査をしたことがあります。海から季節的にさまざまな魚がやってきますから、漁師の人たちはありとあらゆる漁法を使っていました。この季節に何を獲るには、網をどこへどう入れるべきか、延べ縄はどう張るか、さまざまな知識が集積されていました。けれどそのうちに、魚の種が減り、食文化も単調になって、伝統的漁法が失われて来たのです。同様に、ひょっとしてそのうちに、農業の技術も無くなるのではないか。田植えの出来る人は、無形文化財保持者に指定しなければ…。

マクドナルド■ムケイ…?

川那部■祭りとか踊りとか、ものとして残らない文化を伝承している人です。魚の習性を見事に利用して刺網を入れる漁師さんとか、田植えを見事に行なう人は、そのうちほとんどいなくなって、国が無形文化財に指定して、守らないといけなくなるのではないか。(笑) いや、冗談ではなく、本当にそう思うんですよ。各地にはそれぞれ、その土地に適した方法があったわけで、これからの農業や漁業の発展のためにもね。

マクドナルド■そうですね。昔のままを保存するだけには無理があると思うんですが、伝統的な良いものを新しいものと混ぜて行く必要があると思います。棚田で実際に植えてみたら、昔からそれを維持してる人のことも考えられます。整備はある程度行なわなければいけないですが、戦後やってきたように、どこでも同じやりかたでは駄目です。私はこれを「コンビニ型」と呼びたいのですが、今後は「手作り弁当型」、つまりそれぞれ違った整備をするべきじゃないかと思うんです。昔のものを残しながら、新しいものを作って行くのが、少なくともこれからは重要だと思います。

川那部■今日は朝から、琵琶湖博物館を見て貰ったのですが、「褒めるのは不要だから、悪い点を指摘して欲しい」と申しました。そうしたら、「悪いほうは、もういっぺん改めて見てから」と逃げられてしまいました。(笑) そこで、近いうちに是非もう一度見て、意見を頂きたいと思っています。しかし考えれば、何度も見、そこに根を下ろすことで、建設的な批判が出てくるわけですね。アンさんは、十年近くの日本滞在、特に農村への滞在の結果として、農業に対する的確な意見を、今日も述べて頂きました。

 ありがとうございました。(拍手)

 これは、1998年10月17日(土)に琵琶湖博物館で行なわれた、「農と環境を考える集い―たんぼと人と自然、そのすばらしい関係」(滋賀県農政水産部・琵琶湖博物館共催)における、アン・マクドナルドさんと川那部館長との対談をまとめたものである(水上二己夫)。

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