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●研●究●最●前●線●

水草がたどった道を探る

学芸員 芦谷美奈子(水生植物生態学)

 ちょっと季節はずれですが、夏から秋にかけて、琵琶湖の沿岸の水の中をのぞくと、そこには一面緑の大草原が広がっています。その草原を作り上げているのが、水草と呼ばれる植物のグループです。

水草とはどんな植物?

 「水草」というと、よく水槽に植えてある熱帯産のものや、夏頃に湖岸に打ち寄せられるコカナダモの大群しか思い出さないかもしれません。これらももちろん水草ですが、琵琶湖の中には、想像する以上に色々な種類の水草が生えているのです。

 水草とは、その生活環の中に特に水に依存した時期を持つ植物のことで、陸上植物が一時的に水に浸かったものは水草ではありません。また、その生活形から、ヨシやガマのような抽水植物、ヒシやスイレンのような浮葉植物、ウキクサのような浮遊植物、植物全体が水中にある沈水植物の、四つのグループに分けられます。この中で、普段目にすることの少ない水中の大草原を作り上げているのか、最後に挙げた沈水植物です。

湖北町今西沖の沈水植物群。この緑の草原には、10種類以上もの沈水植物が混成している(撮影:大村仁氏)

沈水植物のおもしろさ―イバラモの例から―

 水草のほとんどは、進化の過程で一旦陸に上がった植物が、水中に再適応したものです。その途中で、陸上植物とは違ういくつかの特徴が生まれました。中でも最も深い水中に生える沈水植物は、その特徴が最も顕著に表れている植物群です。

 適応した特徴として、自分で体を支えて水分を送る必要がないため、陸上植物に比べて茎がやわらかく中がスカスカしていたり、水中で光合成をするために、葉にクチクラ層や気孔がないことが挙げられます。そしてなによりも大きな特徴としてあげられるのが、繁殖に関する様々な現象です。

 私が現在特に研究しているのは、イバラモという比較的小型の一年生の水草です。沈水植物の多くは、昆虫ではなく水による花粉媒介を行うので、花には花弁がありません。それでも、エビモやセンニンモなどのヒルムシロ科の植物は、花序を波がある水面に半分突きだすなど、わかりやすい形の花を付けますが、イバラモの花になると、花弁がないのはもちろんのこと、葉腋に数ミリ程度の目立たないものになります。

 イバラモの研究を始めたきっかけは、雌雄異株であるこの種類の、雌と雄の比率がどうなっているかを調べることでした。そのために、琵琶湖の北湖の沿岸帯に潜り、イバラモ群落の中をはうようにして、株の位置を記録し雌雄を数えていく調査をしました。その比率がどうだったかは、また別の機会に紹介するとして、面白かったのは、調査の過程で雌雄の成長や分布の違いなど、次から次へとその生態に関する事実が明らかになり、新たな疑問がたくさん生じたことです。

 特に、沈水植物の生態で重要な役割を果たしている、花粉媒介を含む有性生殖のシステムについては、進化および遺伝的な問題も含めて大変興味深い課題です。イバラモは、花粉の媒介が完全に水中で行われる「水中媒介」の植物です。水中媒介は、沈水植物の中でも海産の種類を中心にいくつかの分類群に特に集中しており、イバラモはその代表的な種類なのです。技術的な発達とともに、DNAなども比較的容易に調べられるようになったことから、これからますます成果が期待されている研究対象です。

草原の中のイバラモ。これは雄株(撮影:大村仁氏)

水草を研究すること

 沈水植物を調べることは、ただその生態を調べることにとどまらず、植物全体の進化を考える時に、大変興味深い話題をいくつも提供してくれます。また、生態系という視点からすると、琵琶湖の沿岸帯に広がる沈水植物群落は、様々な動物の生活の場としての役割を果たしているなど、単なる緑の一次生産者以上に重要な機能を持っていることもわかってきています。

 琵琶湖博物館では、沈水植物と周りの動物を含めた沿岸生態系についても、総合研究として取り組みを始めました。このような研究を通じて明らかになる水草とその周りの世界のおもしろさを、これからも展示などを通じてどんどん伝えていきたいと思います。

潜水調査をする筆者。メモをとる、写真を撮るといった、陸上では何気ない作業が、水中では結構大変(撮影:大村仁氏)



表紙の写真

(マツモという水草)
 表紙の写真は、マツモという水草のクローズアップです。名前は、松に似た葉のようすに由来します。細く裂けた葉には、ギサギサのトゲが多数あり、冬に先端部分に筆のような越冬芽をつくります。琵琶湖やまわりの内湖にふつうに成育する沈水植物で、キンギョモとも呼ばれます。根がなく、比較的栽培しやすい種類なので、機会があれば水槽などに入れておくと、鮮やかな緑の葉が楽しめます。

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