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●研●究●最●前●線●

水中の音の世界

学芸員 秋山廣光(魚類生態・行動学)

 水は空気より密度が高いため、音は空気中より速く、また遠くまで伝わります。しかし、密度の違いから音は水面下で反射してしまい、陸上にすむ私たちには、あまり聞こえません。また、耳の中の空気の層が音を反射させるため、水中に潜っても水中の音は私たちには聞き取りにくいものです。水中にすむ様々な生き物たちの中には、水中での音の特性を巧みに利用しているものもいます。音は、水中の物に当たりよく反射するため、海洋では自分の位置を決めたり、ものを探ることに利用できるので、クジラやイルカではそのような用途のために発達した発音器官や耳を持つことがよく知られています。

【魚に耳はあるのか】

 魚は、音を感じる幾つかの道具を持っています。もっとも基本的なものは管器と遊離感丘と呼ばれるもので、それぞれ管状、くぼみ状の構造を持っています。音感覚を直接受容するのは感覚毛ですが、感覚毛は、柔軟なゼリー様の物質で包まれ、棒状になっています。この棒状の物はクプラと呼ばれ、魚種により、付いているからだの場所により、長さや形が様々で、また個体の成長によっても変化しています。クプラは長さの違う何本かが束になって、特別な構造のくぼみの中や管の中などに立っています。 音感覚を受容する細胞には、一本の長いクプラ(動毛)に三〇~四〇本の短いクプラ(不動毛)が寄り添って生えています。長いクプラがなびく方向に短いクプラに力が加わったときだけ、感覚細胞は興奮して、その興奮を神経伝達します。遊離感丘には、このような細胞が特別な配列をして存在しています。また、遊離感丘そのものも様々な形をして、体の様々な位置に配置され、個体の成長過程でその数や配置場所が変化します。更に、この遊離感丘は、成長とともに皮下に埋没して管状になり、管器となります。同時に、新しい遊離感丘が体に配置されます。遊離感丘と管器は、総称して側線系(側線器官)と呼ばれています。 ここまで話したように魚の耳の主役は側線器官と、次にお話しする内耳と言うことになります。(最近ヤツメウナギの側線系は光も感知していることが見つかっています)

 人間の耳では、音を集める外耳から音は外耳道を通り鼓膜に伝えられ、中耳を経て内耳に伝わりますが、魚では伝音器としての外耳と中耳を持っていません。側線器官はそれ自体感覚器官ですが、内耳は系統発生的には側線器官の一部が渦巻き状に変化したものと考えられるので伝音器官としての役割も少しはあるものと思われます。魚の内耳は、形は哺乳類のものに似ていますが蝸牛管と呼ばれる螺旋状の器官を持っていません。内耳は迷路になっていて、中には側線系の有毛細胞と同じものが分布しています。しかし、内耳全体の形や構造は魚種によって様々で、その違いが機能とどんな関係にあるかまだ分かっていません。 内耳は頭蓋骨の内部の空洞(耳殻)内にあってリンパ液で浮いている状態になっていますが、魚の中には特別な骨を介して鰾と接触している仲間がいます。つまり大別して、音の刺激がリンパ液を通じて行われるものと鰾を通じて行われるものの二通りあることが分かっています。鰾と接触しているグループは、骨鰾類と呼ばれ、私たちに馴染み深いコイの仲間やナマズ、ドジョウ、ウグイ、アブラハヤの仲間、熱帯魚としてよく見かけるデンキナマズ、デンキウナギ、サカサナマズ、カラポなど多くの魚種が含まれます。

 鰾は、中に気体が入っていて、体積を変化させることで身体全体の比重を変え、それを周囲の水と等しくすることで自由な遊泳を可能にする器官ですが、音を増幅させたり、特定の周波数を拾ったりすることにも利用されています。また、別な視点から見ると、鰾は音波を反射するため、魚群探知機に映し出される魚群の姿は浮き袋の映像であることが知られています。

ギギ クプラの様式図

【泳ぐと音が出る】

 水の物理的な性質から水中でのちょっとした動きも振動として周囲へ伝わりますが、それは小さな音として受信することができます。すべての魚からは、体の動きに伴って水との摩擦で何らかの音が発生しています。一つ一つの音は小さくとも、それが群となることで大きな音として聞くことができます。グッピーでは10ヘルツ程度の低周波、ティラピア、コイ、ブルーギルでは100ヘルツ以上の周波数の音が測定されています。同様のことは、イワシ、マアジ、ブリ、マダイ、ヒラマサ、ニジマスなどいろいろな魚種でそれぞれ異なる固有の音として観測されています。一般に、高速遊泳するものでは周波数が高く、泳ぎの遅い魚種では低い周波数となります。また肉食性のメジロザメが、魚の異常行動に伴う低い周波数の音に敏感に反応することも知られています。

 このように外敵からも利用される個体からの発生音ですが、それでも魚類では小型歯鯨類に次いでよく音を発していることが知られています。それは、発生音の大きさや使用頻度の高さから魚類の日常生活において、何らかの重要な情報を含んでいて、発音に伴う危険に勝るメリットがあるものと考えられています。しかし、音利用の行動生態については、視覚に比べてあまり研究されていません。

【魚は鳴いている】

 魚の発音器官については、聴覚器官ほどには研究されていませんが、それでも何種類かの魚については自発的に音を出し鳴くことが知られています。特に大きな音を出す魚は海水魚に多く、ニベやグチ、イシモチが代表的な魚です。(グチでは、繁殖期には一斉に発音するため、海全体から大声のコーラスが響き渡り、うるさくて船内で眠ることができなくなると言われています。)

【魚の発音器官】

 魚が自発的に発音する場合、いろいろな器官が利用されますが、発音のためのみに発達した器官はほとんど見つかっていません。発音に利用される器官は、鰾、歯、咽頭歯、胸鰭関節や鰓蓋などです。鰾を利用するのは、スケトウダラ、コイチ、シログチ、カサゴ、シマイサキで、歯や咽頭歯を利用するものにドンコ、クモハゼが、関節を利用するものにタツノオトシゴ、カジカの仲間、ギギの仲間が、鰓蓋の急激な振動を利用するものにイシダイが知られています。しかし、よく観察すると、多くの魚でこの瞬間に発音しているに違いないと思われる口の動き、鰓蓋の動き、体の動きがあります。

【ギギは鳴いている】

 ギギは、琵琶湖の中に棲む魚の中では大きな音を出すので有名です。ギギの場合、胸鰭関節の中に音を出す構造があります。魚が鰭を動かす場合、鰭の膜を支える骨の一本一本に筋肉が付いていて、それで鰭を微妙にコントロールします。ギギでは、胸鰭には大きな棘が付いていて、その棘を立てたままにできる構造と筋肉を持っています。棘を立てる筋肉には、別な筋肉が付随して、その筋肉の働きにより棘がねじれるような方向に力が掛かったとき、棘の付け根にある骨が収まっている鞘の内側の模様が擦れ合いギーギーという音を発します。ギギは、釣り上げられたとき発する大きなギーギーという音からこの名前が付いたのですが、水中でも喧嘩の時などにこの音を出しています。その利用の詳細については、ただいま研究の真っ最中です。

※魚類の聴覚について、詳しい本が出版されました。『魚類の聴覚生理』更星社厚生閣刊

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