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●研●究●最●前●線●

生態系における水鳥の役割カワウによる水中から陸上への物質輸送

学芸技師 亀田佳代子(鳥類学)

水鳥の最大の特徴とは?

 みなさんは、水鳥の最大の特徴はなんだと思いますか?私は、なんといっても「空中あるいは水中を『飛べる』こと、それによって異なる空間を立体的に利用できること」だと思っています。どんな水鳥でも、雛を育てる時には必ず陸にあがります。つまり、同じ鳥がその一生の中で、地球上のさまざまな環境―陸上、空中、水中―を広く立体的に利用しながら生活しているのです。

水鳥が持つ生態系での役割

 こうした特徴を持つ水鳥たちは、生態系の中でいったいどのような役割を果たしているのでしょうか。一番単純に考えられるのは、「モノを運ぶ」という役割です。たとえば、水中で食物を食べて陸上で糞を落とせば、水中のモノが陸上へと運ばれることになります。つまり、水鳥は地球上の物質循環の一経路を形作っているとも考えられるのです。

 こうした役割は、海鳥ではよく知られています。しかし、同じようなことが琵琶湖でも起こっています。琵琶湖や流入する河川で魚を食べ、竹生島や伊崎半島(近江八幡市)で集団繁殖地(コロニー)を作って多数生息している鳥、カワウがその担い手です。

 カワウは水中で魚をとって食べ、森林にあるコロニーに戻って雛を育てます(写真1)。それによって、水中の物質が魚という形で取り出され、糞という形で森林へと運ばれます(図)。いったいどのくらいの量の物質が、カワウによって運ばれるのでしょうか?またそのことは、湖と森林の生態系にどんな影響を与えているのでしょう?この疑問の答えを見つけるため、私はカワウに関する研究を行ってきました。


図:カワウによる水中から陸上への物質輸送の概念図

カワウが森に運んだものとその影響

 魚には、窒素やリンといった、生物が生きていくために必要な栄養分が多く含まれています。そのため、魚を食べる鳥の糞にも窒素やリンが多く含まれています。そこで、カワウが森林に運んだ物質量を、窒素、リンという形で測ってみました。 50cm×50cmの布製のトラップを作り(写真2)、単位面積あたりのカワウの糞を集めて重さと窒素・リンの含有量を測定しました。その結果、通常雨によって森林に落とされる量の数千倍以上の窒素が、糞として降っているものと推定されました。一方、リンはほとんど雨には含まれず、外から森林への供給はほとんどないのですが、カワウのコロニーでは糞によって大量のリンも供給されていることがわかりました。落ちてくる糞量にはかなりばらつきがあって、値はおおざっぱなものですが、通常の森林では到底考えられない量の栄養分が、カワウによって森林へと運ばれていることは確かです。

 一方、共同研究者の人たちの調査によって、土壌に落ちた大量の窒素が土の中の栄養状態を変えていることもわかってきました。その一方で、窒素の安定同位体比分析という方法を用いて、森林の植物がカワウの糞由来の窒素を養分として利用していることもわかってきました。しかも、数年前にカワウがいなくなった所でもまだ、植物は糞由来の窒素を利用していることが示唆されたのです。森林生態系へのカワウの糞の影響について、全体像を語るにはまだ早いですが、そのメカニズムが少しずつ明らかになってきています。

 これからもこの研究を続け、琵琶湖とその周辺の生態系におけるカワウの役割を明らかにしていきたいと考えています。

 また、カワウについては、漁業被害や森林での樹木枯死の問題も含めて、人との関わり方についても、生態学者の立場から考えていきたいと思っています。

写真1:巣にとまっているカワウ(近江八幡市伊崎半島、1999年4月)。

写真2:カワウの「糞トラップ」。周りの葉に付着している白いものがカワウの糞。(近江八幡市伊崎半島、1999年4月)


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