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特集

[Fishes bridging Lake Biwa and Mainland East Asia.]

水族企画展より「琵琶湖と大陸をむすぶ魚たち」

総括学芸員 中島 経夫 
主任学芸員 桑原 雅之 
水族飼育員 安川 浩史 
岡田  隆 
山田 康幸 

■ワタカとその仲間たち

ワタカとその仲間達(展示パネル)
 琵琶湖に生息するコイ科魚類の由来をたどると、その起源を中国大陸にもとめることができます。その中でも、琵琶湖の固有種であるワタカの仲間のクルター類やクセノキプリス類は、約二〇〇〇万年前大陸の縁辺部に形成されたリフトバレーに水がたまってできた巨大な湖で生まれました。(図1)  その後、これらの魚たちは将来日本列島になる地域から、大陸内部へと分布を広げ、現在は大陸で大繁栄しています。(図2)
 やがて、日本列島が大陸から切り離されたあと、約四十万年前には構造運動が始まり、それまで比較的平坦な地形であった日本列島は山がちな地形となり、広大で緩やかな流れの水域は、急峻で流れの速い水域へと変わってゆきました。この環境の変化によって、広大で緩やかな水域を好むこれらの魚たちは、琵琶湖にワタカ一種を残して絶滅したと考えられていました。(図3)
 ところが、最近縄文時代中期の粟津貝塚から、クセノキプリス類の咽頭歯(図4)が発見されました。このことから、少なくとも六〇〇〇年ほど前の琵琶湖にはクセノキプリス類が生息し、縄文人たちに利用されていたことがわかりました。


■自然の環境から人工的な環境へ

自然の環境から人工的な環境へ(展示パネル)
 モンスーン地帯にある琵琶湖は、雨期である梅雨の頃になると増水し、周りにあふれて氾濫源を形成していました。この氾濫源は、琵琶湖に住む多くのコイ科魚類によって、繁殖や生活の場として利用されていました。もちろん縄文人たちもこれらの魚類を生活の糧として利用していたことは想像に難くありません。さらに時代が下って、縄文時代終期から弥生時代にかけて、琵琶湖周辺でも水田稲作が始まりました。やがて、土木技術が発達するにつれて、湖辺の氾濫源に作られていた水田は、内陸の方へと広がってゆきました。このことは、水田という人工の氾濫源が次第に広がっていったことを意味しています。そして、それまで氾濫源を利用していた一部の魚たちは、水田という新しい環境を得て繁栄してゆきました。一方、水田環境になじめなかった魚たちは、競争に敗れ絶滅していったものもあるのではないかと考えられます。おそらく、約六〇〇〇年前まで琵琶湖に生息していたクセノキプリス類も、そのうちの一つだったのではないでしょうか。

■湖岸環境の激変

湖岸環境の激変(展示パネル)
 ごく近年になって琵琶湖とその周辺の環境は激変しました。明治二九年に起こった大洪水は、人々に琵琶湖の水位を調節することを決意させ、南郷洗堰が建設されました。これによって、毎年定期的に形成されていた氾濫源は少なくなり、必然的に魚たちは水田を利用せざるを得なくなってしまいました。さらに、昭和時代後期に行われた琵琶湖総合開発によって、琵琶湖はあふれることがなくなり、併せて行われてきた圃場整備によって、水田も氾濫源としての機能を減少させていきました。その結果、水田の発達によって繁栄してきた魚類も、次第に衰退の兆しを見せ始めています。また、昭和六十年代になって、北米原産のオオクチバスとブルーギルが琵琶湖の沿岸域を席巻し、その傾向に拍車をかける結果となっています。つまり、縄文時代以降琵琶湖の周りに住み着いた人間の活動が、そこにすむ魚たちの生活に大きな影響をおよぼし続けてきたのです。

■水族企画展「琵琶湖と大陸をむすぶ魚たち」

展示物の制作風景
 水族の企画展というと、もっぱら水槽に生きた魚を入れ、それらの解説と、ストーリーとしてそれらをつなげるためのいくつかのパネルを展示するというやり方がこれまでの常識でした。しかし、これではやはりストーリーを展開していく上で限界があります。そこで、今回のテーマで企画展を行うに当たって、これまでの常識を打破しようと考えました。
 そうしてできあがったのが、水族企画展示室全体を一つのパネルと考えてストーリーを作り、その中に必要に応じて水槽を配置していくというものでした。ですから、水槽の中には必ずしも生きた魚が入っているわけではなく、化石や咽頭歯なども展示しました。また、展示されている魚類についても、あえて個々の解説はつけていません。あくまでも全体のパネルの一部と位置づけたのです。
 水族の展示としては少し物足りなかったかもしれませんが、水槽から一歩引いて、全体のストーリーに重点を置いたことを見ていただければ、理解していただけたのではないでしょうか。これからもいろんな展示方法を考えていきたいと思います。

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