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●研●究●最●前●線●

人が内湖に与えた影響

主査 桑村 邦彦(水産学)

 内湖は琵琶湖と水路によってつながっている琵琶湖特有の湖沼です。そこには多くの生き物がすみ、人間も利水や漁業、ヨシ刈りや藻取りなどの生産の場として内湖とつき合ってきました。しかし人々のくらしの変化により、内湖も大きく変貌しつつあります。今回、琵琶湖博物館のさまざまな分野の研究者が「人が内湖に与えた影響」をテーマに共同で行った研究をご紹介します。

「内湖の数と面積」

 食糧増産などの目的で内湖の干拓が進めれ、1940年から1995年までの55年間にその数は34カ所から22カ所に、面積では約2900haから 約15%の430haに減少しました。一方、道路建設など人為的な改変の結果、10カ所、110haの内湖が新たに形成されました。

内湖の岸辺

 残された内湖も、周辺の開発などで岸辺の形状が大きく変わりました。陸から水中へと緩やかな勾配で自然な状態の護岸が続いている例ですと、オギ、シロネ、ヨシ、カサスゲ、ウキヤガラ、マコモ、ガマ、キシュウスズメノヒエ、ヒシなどさまざまな植物が、どれだけの湿り気や水深、泥の深さを好むかにより段階的に変化し、陸域と水域を植物群落が結びます(図1)。しかし勾配が急になればなるほど植生の幅は狭くなり、石積みや矢板の護岸になると植生はほとんど見られなくなります。このように波浪の影響を受けにくい内湖では、陸域から水域にかけての断面形状でそこに育つ植物群落の発達度合いがほぼ決まり、そのことが魚類やプランクトンなどの動物が利用する、多様な生物環境の形成に関係すると考えられました。


左図が図2:赤野井湾沿岸の魚類層の変化、右図が図1:湖岸の勾配と植物群落

水位変動

春先の雪解けや梅雨による水位上昇は、琵琶湖や内湖沿岸の水田に浸水被害をもたらし、昔から人々を苦しめてきました。一方、固有亜種のニゴロブナはそれを利用して水に浸かった植物群落の中で産卵し、生まれた稚魚は夏頃までそこで成長します。緩やかな勾配の幅の広い植物群落ほど、水位上昇によりプランクトンが豊富で外敵の少ない「稚魚のゆりかご」ができやすい反面、水位低下の影響も大きく干陸化しやすいと言えます。近年は梅雨の洪水に備え5月中頃から洪水期制限水位のマイナス20cmまで琵琶湖の水位が下げられるようになりました。このような人為的な水位操作は沿岸の浸水被害を防ぐため大切なことですが、その陰で影響を受けている生き物もいるのです。

魚類の変化

水生植物や餌が豊富な内湖は多くの魚類のすみ場所となります。1998年に守山市地先の赤野井湾奥にある内湖で、小型定置網を使って魚類の生息調査を行い、1971年に赤野井湾の定置網で獲れた魚のデータと比較しました(図2)。1971年は6科24種(3967尾)で上位はモツゴ、アユ、タイリクバラタナゴ、ヨシノボリ、ハスと在来魚が中心でした。1997年は8科22種(2778尾)と種類数では差がないものの、ブルーギル一種が87%がを占め、とれなくなった魚種もいました。このような魚類相の貧弱化は、豊かな植物群落が存在する他の内湖においても見られました。近年の琵琶湖沿岸帯魚類相の激変は、魚食性の強いオオクチバスの定着に端を発しており、ヨシ群落の減少、水質悪化などいろいろと言われる原因のなかでも、大きな比重を占めていると考えられます。

「きたない」内湖

有明海などに広がる干潟は泥深く水も濁り、人間の目には「きたない」と映るかもしれません。しかし、周辺海域の生き物を育む、大変重要な役割をはたしているのは皆さんもご存じでしょう。内湖も同様に泥深く濁った水ですが、琵琶湖や生き物のために「きたなく」なってくれているとは言えないでしょうか。でも今は、生き物の多様性が失われ、内湖が必要としている以上に人間が「よごれ」を流しているのが現状です。
 このように内湖は今、さまざまな問題を抱えていますが、元をただせばすべて人間側の価値観、便利さ、楽しみなどを今の生活に求めてきた結果と言えそうです。
 現在、私たちはひとつの興味深い内湖にスポットをあてています。そこは人工護岸の水路、少ない植生、水質もいいとは言えないのですが、在来魚が中心の豊かな魚類相が見られるのです。ここでの研究成果が、滋賀県下の内湖の豊かな生物を取り戻すことや、人が内湖とどうつき合っていくか考える上で役立てばと思います。



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