Go Prev page Go Next page

特集

[Catfish: Fish that links Lake Biwa and Paddy Fields]

開館五周年記念・第九回企画展示より
「鯰」─魚がむすぶ琵琶湖とたんぼ─

主任学芸員 牧野厚史(地域社会学)
学 芸 員 宮本真二(微古生物学)
専門学芸員 前畑政善(水族繁殖学)

 この企画展は、〈ナマズという魚と人間とのかかわり〉をテーマとしながら、琵琶湖の現状について考えようとしたものです。ここでは、かんたんに展示の紹介をしながら、なぜ私たちがナマズという魚をとりあげたのかについてお話ししたいと思います。

■人間がみたナマズ

 考えてみますと、ナマズは実に不思議な魚です。ナマズをあしらったデザインや記号が、日本のいたるところにあふれています。中でも、身近なナマズのイメージは、地震を起こす魚・地震を予知する魚、というイメージではないでしょうか。そこで、企画展では、まず過去にさかのぼって人間がみたナマズの姿を紹介します。
 展示室には、今から約一五〇年ほど前に江戸で大流行した「鯰絵」がやってきます。鯰絵は、江戸時代末の大地震のあとに、たくさん刷られた木版画です。版画のなかのナマズたちは、人間と同じようにお酒を飲んだり、武士の格好をして刀をさしたりして、なにやら変です。上の鯰絵のなかでは、ナマズを大歓迎している人々がいます。実は江戸の大地震で大もうけした人たちです。鯰絵にえがかれたナマズたちには、江戸の震災を体験した人々による世相に対する皮肉や様々な思いが込められているのです。同時に、展示では地震と関係のないナマズの多様なイメージについても紹介をしていく予定です。

■ナマズという魚

 しかしながら、ナマズのイメージはよく知られているにもかかわらず、私たちがナマズという魚を実際に目にする機会は減っています。日本最大の湖である琵琶湖のまわりでも、水族館でしか、ナマズをみたことがないという人々が年々増えてきているのです。琵琶湖のまわりに住む人々にとって、そもそも、ナマズは縁遠い魚だったわけではありません。琵琶湖で発見されたナマズの新種には、「いわとこ」という地元のナマズの呼び名がそのまま使われました。琵琶湖のまわりに住む人々は、古くからナマズとつきあっていたのです。ところが、このつきあいが今薄れてきています。
 展示では、ビワコオオナマズ、イワトコナマズ、マナマズという三種類の琵琶湖に棲息するナマズをとりあげ、ナマズたちの生活を紹介します。琵琶湖に棲息しているナマズたちは、湖の中では群をつくらず、一匹ずつばらばらに生活しています。ところが、毎年、ナマズが群をなして人間の世界に近づいてくる時期があります。五月はじめから梅雨にかけての時期です。この時期に、ナマズたちは、琵琶湖沿岸の浅瀬や、田植えが終わったばかりの田んぼで産卵を行うのです。
 ナマズにとって、琵琶湖だけではなく、琵琶湖のまわりの岸辺や田んぼという場所がとても重要な場所になります。同時に、琵琶湖の岸辺や田んぼは、かつては、人間が魚とつきあう重要な場所でもあったのです。

■魚がむすぶ琵琶湖と田んぼ

 琵琶湖のまわりには、「イオジマ」あるいは「ウオジマ」という言葉があります。それは初夏の琵琶湖の沿岸に、産卵のためフナなどの魚がおしよせる様子をさす地元の言葉です。魚たちの中には、ナマズとともに田んぼにまで上がってくる魚たちもいました。しかし、琵琶湖のまわりには、もうイオジマはみられません。琵琶湖のまわりにある田んぼそのものが変わりつつあるのです。湖のそばでも、他の魚はもちろん、ナマズさえ上ることが難しい田んぼがふえてきました。
 ナマズたちは、それでも産卵のために田植えの終わった田んぼに上らなければなりません。琵琶湖を生活の場とするナマズは、この時期だけは、湖から水路をとおって人間の生業の場である田んぼにやってくるのです。ナマズたちは夜中のうちに産卵し、卵だけを田んぼに残してふたたび湖にもどっていきます。
 毎年のようにナマズたちが繰り返す産卵は、強烈な印象を私たちにあたえます。ナマズたちが産卵を行う田んぼは、農業という人間のはたらきかけが生み出した人工物です。しかし、湖と田んぼをむすぶ魚・ナマズの営みは、田んぼが、今なお、琵琶湖とつながった自然の一部でもあることを私たちに思いおこさせるのです。

■田んぼのゆくえ

 ナマズという魚の営みからみえてくるのは、私たちのそばにある田んぼの変化です。琵琶湖の周りの田んぼだけではなく、日本の各地で、また、日本を含めた世界最大の稲作地帯であるアジア・モンスーン地域という広がりでみても、田んぼは大きく変わろうとしているのです。おそらく、二一世紀の暮らしのなかでは、私たちが住む身近な場所で海や川、そして湖とつながっている田んぼのゆくえについて考えることが必要となるでしょう。田んぼのゆくえを考えていく上で、この「鯰│魚がむすぶ琵琶湖と田んぼ│」という企画展が一石を投じることになれば、私たちにとってこれ以上の喜びはありません。


-3-

Go Prev page