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●研●究●最●前●線●

ナマズ類の繁殖場としての水辺移行帯生態系における水鳥の役割(湖岸、水田)

専門学芸員 前畑 政善(水族繁殖学)

なぜナマズなのか?

 私はここ10年ほど琵琶湖にすむナマズ類3種(ビワコオオナマズ、イワトコナマズ、ナマズ)の繁殖生態を追っかけている。そのきっかけは偶然目にした”ビワコオオナマズの大産卵”である。その時の感動は今も忘れられない。以来、彼らの繁殖期である5~7月になるとじっとしておれず、彼らの習性に合わせて私も夜行性動物と化している。ここでは私がナマズたちに教えてもらったことのごく一部を紹介したい。



ナマズ類の分布、産卵生態

 ”ビワコオオナマズ”は全長1m余に達する琵琶湖の代表的な固有種であり、その大きさ故に古くから人々の注目を集めてきた。にも拘わらず、その生態は永らく謎に包まれていた。最近、枚方市におられる紀平肇さんや私たちの調査によって、本種は琵琶湖のみでなく瀬田川、宇治川、淀川にも生息し、そこで繁殖していること、産卵期間も5月中旬~8月と長期にわたっていること、また産卵行動は雌雄が1対となって一定の順序で行われることなどがはじめて明らかにされた(図1)。琵琶湖の北の方では古くから”鯰が来ないと梅雨は上がらない”との言い習わしがある。”鯰”とは、もちろんオオナマズのこと。この言葉はオオナマズが梅雨上がりの大雨の後に大挙して接岸、大産卵することを指している。このことを筆者のフィールドでの観察結果から調べてみたところ、このナマズの産卵は、雨が降ること自体よりも、水位の急激な上昇、つまり”それまで陸上にあった水辺の岩場が水に浸ること”の方が大きく関係していることが明らかになった。
 ”イワトコナマズ”は全長50~60cmに達する琵琶湖水系の固有種で岩場のみにすむ魚である。現在、今津町にすんでおられる友田淑郎さんが、1960年代に研究して以来、このナマズの生態はほとんど調べられてこなかった。筆者らは、最近このナマズが琵琶湖南方にも生息すること、産卵場が従来の報告よりもずっと浅い所で行われること、また本種の産卵行動がビワコオオナマズときわめて酷似していることを初めて明らかにした。
 ”ナマズ”(別称 マナマズ)は日本産ナマズ類3種の中でもっとも広域に分布し、それゆえナマズ類の中ではもっとも研究されている魚である。しかし意外なことに、その産卵生態の詳細に関しては、現在水産庁中央研究所におられる片野修さんたちが、1980年代後半に京都府下の水田地帯で調査したのがはじめてであった。筆者は、現在、琵琶湖でこのナマズの産卵生態を観察しているが、それは片野さんたちが得た結果とはかなりの違いが見られるので、近々、公表したいと思っている。


今後のナマズ研究の方向

 ナマズ類の生態を調べてみるとそれまで見えていなかったことが次々と見えてくる(それ以上に、疑問点も次々と湧いてくる)。まずは、彼らが気が遠くなるほど長期にわたって培ってきたであろう”生き延びるための知恵”であり、次いで、私たち人間が過去に行ってきた自然環境の改変がこの”生き延びる為の知恵”と至る所で葛藤を引き起こしている実態である。なだらかな湖岸の減少、魚が入れない水田、あるいは水位の極端な人為調節、それらはすべてナマズ類に限らず、コイ、フナ類など増水時に湖岸や水田で繁殖する多くの魚類の存在をも危うくしかねないのである。筆者のナマズ研究は、今後、この現状をも視野にいれた方向に行きそうな様相を呈している。

写真1:水田で夜中に産卵するナマズ(まきついているのは雄:他2個体は雌)写真2:イワトコナマズの産卵(本主はきわめてデリケートでなかなかまきついているシーンを撮影できない)黄色いのはイワトコナマズの黄変個体(ベンテンナマズ)

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