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●研●究●最●前●線●

 琵琶湖水系にすむ
    ビワマスとアマゴ

学芸員 桑原雅之

(魚類生態学)

 琵琶湖には、ビワマスと呼ばれる固有のサケ科魚類が生息しています。ビワマスはサツキマスやサクラマスと極めて近縁で、これら三者は総称してサクラマス群と呼ばれることもあります。特にビワマスとサツキマスは、幼魚期に体側に朱点があることなど外見上もよく似ていることや、琵琶湖がサツキマスの分布範囲に含まれていること、また琵琶湖(北湖)の流入河川の上流に、サツキマスの河川型であるアマゴが生息しているとされていることなどから、長い間ビワマスとサツキマスは同一のものだと考えられていました。

 ところが、形態的なまた生理的な研究が進むにつれて、両者の違いが明らかになって行き、現在では、両者は亜種の関係にあると考えられるようになってきました。さらに、近年ではDNAの分析により、両者が五〇万年から一〇〇万年くらい前に分化したことが報告されています。この時期というのは、現在の琵琶湖が形成される時期とほぼ一致しています。サケ科魚類は冷水系の魚類で、基本的に海と淡水域を回遊します。おそらくビワマスの祖先も、氷河期の頃に海を伝って分布を広げ、琵琶湖に入り込み、そこに閉じこめられて分化しビワマスになったものと思われます。

ビワマスの幼魚(左)とサツキマスの河川型(アマゴ)(右)


 ところで、ビワマスは秋になると琵琶湖の流入河川に遡上して産卵します。私は、一九八九年よりビワマスの産卵生態の調査を行ってきました。その中で、ビワマスの産卵にサケ科魚類のパー(いわゆるアマゴ)が参加する例をいくつか観察することができました。また、聞き取り調査から、かつてはビワマスは流入河川の上流にまで遡上して産卵し、しかも産卵しているビワマス親魚の周りに、たくさんの“アマゴ”がまとわりついていたという話を、あちこちで聞くことができました(現在では堰堤などの影響により、ビワマスはあまり上流まで遡上できなくなっています)。地元の人たちは、これらの“アマゴ”を「子喰らい」と呼び、ビワマスの卵を食べるために集まっているのだと考えていたようです。しかし、先の観察結果からもわかるように、おそらくこれらの“アマゴ”の多くは、産卵に参加するために集まってきていたものと思われます。

 さらに、現在は滋賀県水産試験場におられる藤岡さんの研究や、私の調査などから、ビワマスにも河川残留型のいる可能性の高いことがわかっています。これらのことを考えると、琵琶湖の流入河川の上流に生息していたとされる“アマゴ”は、本当にサツキマスの河川型だったのだろうかという疑問がわいてきます。ただ、滋賀県では昭和四〇年代から、流入河川へのアマゴの放流が行われるようになり、現在生息しているアマゴの多くは、放流された個体に由来するものと思われます。そのため、もともと生息していたとされる“アマゴ”の正体について明らかにすることは、かなり困難になっていると思われますが、何とかその正体をつきとめたいと考えているところです。

産卵行動中のビワマス降湖型ペアと、それに参加しているパーのオス


パー
 サケ科魚類の稚魚には、体側に“パーマーク”と呼ばれる斑紋があります。サケ科魚類のパーマークを持つ時期を総称して“パー”と呼びます。

降海(降湖)型・河川型
 サケ科魚類は基本的に海(湖)と河川の間を回遊しますが、中には河川に残り成熟するものもいます。これらをそれぞれ降海(降湖)型・河川型と呼びます。河川型の場合は生涯体側にパーマークを持っています。


表紙の写真

(ビワマスの体の模様)

 ビワマスは産卵期になると黒地に赤い雲状紋の婚姻色を現します。写真の個体は、時期が早かったためにまだ十分に色が出ていません。

 水族展示のビワマスの水槽に入っているものも色づいてきますが、残念ながら水槽の中では産卵することができません。

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