背景色

文字サイズ

故・石川千代松博士が収集した魚類標本から、約 130 年前の琵琶湖の魚類相を明らかにしました

概要

石川千代松像.png

 当館学芸員の川瀬成吾と国立科学博物館の中江雅典・篠原現人研究主幹の研究グループが、国立科学博物館に所蔵されている、明治から大正時代に活躍した動物学者・石川千代松博士が明治時代に収集した琵琶湖産魚類標本1,795点(以下、石川コレクション)を調査・解析し、約130年前の琵琶湖の魚類相を推定しました。

 石川コレクションには、現在の琵琶湖ではほとんど見ることができなくなった「ぼてじゃこ」(タナゴ)の仲間、ワタカ、ギギなどの魚種が含まれていました。本コレクションは、19世紀の琵琶湖産魚類標本として国内最大であり、明治時代の琵琶湖の魚類相を知る大変貴重な資料といえます。琵琶湖再生に向けた復元目標・指針になることが期待されます。本研究の成果は、日本魚類学会発行の魚類学雑誌において、515日にオンライン公開されました。

論文のポイント


・国立科学博物館に所蔵されている魚類標本から、約130年前の琵琶湖の魚類相を復元
・沿岸域には、ヤリタナゴ、シロヒレタビラなどのタナゴ類、ワタカやギギなど多様な魚類が生息していた
・琵琶湖では絶滅したとされているイタセンパラの標本も含まれていた
・ゼゼラのタイプ標本(新種記載の際に使用された学名の基準となる標本)も含まれる

キーワード:博物館標本、生物多様性、保全、復元目標、ぼてじゃこ

石川千代松博士

ゼゼラ.png

 石川千代松博士[1860–1935年]は、帝国大学農科大学(後の東京帝国大学農学部)教授や東京動物学会(後の日本動物学会)会長、日本博物館協会理事長を歴任した動物学者で、1889– 1907年に帝国博物館(後の東京国立博物館)に在籍していました。1883年にエドワード・S.モー ス(アメリカの動物学者。大森貝塚を発見したことで知られる)の講義を翻訳、日本初の進化論書物「動物進化論」を出版するなど,様々な分類群の科学的論文の発表を行った研究者として知られています。

 石川博士は、琵琶湖に強い関心を持ち、1895年に琵琶湖で調査を行い、琵琶湖の魚をまとめた論文を出版しました。その中で、滋賀県大津市膳所(ぜぜ)の名前がつく、ゼゼラを新種記載しました。ゼゼラは、日本人によって初めて新種記載された淡水魚です。このように、日本における近代魚類学の幕開けともいえる重要な調査・研究を行いました。本コレクションは、この時の調査 で使用されたと考えられる標本群で大変貴重なものです。                                  

明治時代の琵琶湖の魚類相

ワタカ.png


 石川コレクションは、1895年に収集されたものが大多数です。採集地も琵琶湖全域にわたっており、北湖、南湖のみならず、内湖、瀬田川、余呉湖の標本も含まれており、琵琶湖全域を網羅する魚類コレクションとしては最古と考えられます。石川コレクションの調査の結果、明治時代の琵琶湖の魚類相は、ニゴロブナ、ヤリタナゴ、シロヒレタビラ、ヌマムツ、オイカワ、ワタカ、ホンモロコ、ビワヒガイ、ゼゼラ、ギギ、アユ、ドンコなど、実に多様な魚種によって構成されていたことが、本研究の標本調査に基づいて確認されました。これらの魚種や当時の分布域は、琵琶湖の魚類相保全・復元に向けて重要な情報になります。

琵琶湖の原風景!ぼてじゃこの湖

イタンセンバラ.png

 タナゴの仲間は、滋賀県では「ぼてじゃこ」と呼ばれ、親しまれていました。しかし、現在の琵琶湖では、外来魚や開発、底質悪化による二枚貝の減少などの影響により、ぼてじゃこが絶滅寸前にまで激減しています。石川コレクションの中には、ヤリタナゴやシロヒレタビラ、イチモンジタナゴなどが含まれ、ぼてじゃこが豊富に生息していたことを垣間見ることができます。さらに、琵琶湖での採集記録そのものが疑問視されてきたイタセンパラの標本が発見されたことは学術的に大きな意味を持ちます。

論文情報


・雑誌名:『魚類学雑誌』
・論文題名:『石川千代松が収集した魚類標本から見る明治中期の琵琶湖の魚類相』
・著者:川瀬成吾(琵琶湖博物館学芸員)・中江雅典(国立科学博物館研究主幹)・篠原現人(国立科学博物館研究主幹・北海道大学総合博物館研究員)
・発行:2023515日(オンライン早期公開版)
・ページ数:13ページ
DOIhttps://doi.org/10.11369/jji.22-028