背景色

文字サイズ

ヨシ刈り活動による炭素回収量を推定する手法を開発! 研究論文が「四手井綱英記念賞」を受賞しました。

概要
 当館の林 竜馬専門学芸員が、滋賀県琵琶湖保全再生課、ヨシ葺屋根職人の「葭留」竹田勝博氏、当時「コクヨ工業滋賀」の太田俊浩氏と実施した調査研究によって、琵琶湖周辺のヨシ刈りにより刈り取ることができる地上部バイオマスを簡易に推定する手法が開発されました。滋賀県では、本研究で開発した推定法を用いてヨシ刈り活動による炭素回収量を「見える化」する、「ヨシのカーボン認証」も実践されています。
 この研究成果は「地域自然史と保全」43巻に掲載されています。また、20243月に、本論文が関西自然保護機構の2023年度「四手井綱英記念賞」を受賞しました。
画像1.jpg
(ヨシ刈り後の西の湖の風景)

論文のポイント
・琵琶湖周辺のヨシ群落において、ヨシ刈り活動で回収される冬季の地上部バイオマスを推定することを目的として、参加型刈り取り調査を実施した。
・西の湖のヨシ群落において2016 - 2018年に実施した調査の結果、冬季の地上部バイオマスは900±230 g/m2であった。
・琵琶湖周辺におけるヨシ群落のバイオマス調査結果と群落高法に基づいて、群落の平均稈高を測定することにより、ヨシ刈り活動による炭素回収量を推定することができる関係式を開発した。
・本研究で提案したヨシ群落のバイオマス推定法を用いることで、ヨシ刈り活動による炭素回収量の「見える化」が可能になった。

キーワード:地上部バイオマス、炭素回収量、産学官連携、ヨシ群落、西の湖

1.背景と目的
 琵琶湖や内湖周辺に広く分布しているヨシ群落(ヨシ原)は、屋根材や葦簾などのヨシ製品の材料として古くから利用され、その植生を維持するための刈り取りや火入れが伝統的に行われてきています。近年では、ヨシ原という文化的景観を保全することを目指して、企業などを中心としたヨシ刈り活動が実施されています。このヨシ刈り活動の効果指標として、ヨシ群落のバイオマスや炭素量に対する関心が高まっていました。
 本研究では、琵琶湖周辺に分布するヨシ群落において、冬季におけるヨシの地上部バイオマスを推定することを目的として参加型刈り取り調査を実施しました。さらに、刈り取り調査を実施しなくても、冬季のヨシ刈りによる炭素回収量を簡易的に推定することができる手法の開発を行いました。画像2.jpg
(企業を中心としたヨシ刈り活動の様子(太田俊浩氏提供))


2.方法
 本研究の調査地は、刈り取りと火入れにより管理されたヨシ群落が広範囲に存在する西の湖周辺を対象としました。西の湖の北部および東部に位置する、ヨシの優占する4地点に調査区を設定し、20162018年にかけて刈り取り調査を行いました。2017年と2018年に実施した刈り取り調査については「ヨシでびわ湖を守るネットワーク」と連携し、企業や大学生等からなる市民参加型調査を実施しました。
 さらに、冬季のヨシ刈りによって回収することができる炭素量を簡易に計測するため、琵琶湖周辺におけるヨシ群落の地上部バイオマスの値を基にして、森林群落における群落高法を応用した推定式の開発を行いました。

画像3.jpg
(「ヨシでびわ湖を守るネットワーク」と協力した参加型調査)


3.琵琶湖周辺のヨシ群落における冬季地上部バイオマス
 本研究での調査の結果、西の湖のヨシ群落では材として利用できる冬季の地上部バイオマスは、平均で900±230 g/m2という値が示されました。森林の1年間での現存量の増加量は滋賀のヒノキ48年生人工林で796 g/m2とされており(斎藤 1989)、この値と比較してもヨシ群落の冬季の地上部バイオマスは遜色のない値です。
 ヨシ群落の冬季の地上部バイオマスは、毎年の枯死量に相当する部分であり、本来であれば1年〜数年で分解されてしまうものです。しかし、ヨシ刈りを実施してその材を利用することで、植物体として生態系外へ回収することのできるバイオマスは、一般的な森林の年間成長量に匹敵する値でした。このことは、伝統産業をはじめとした様々な形でのヨシ材の利用を継続していくことにより、大気中の二酸化炭素の回収にも貢献できることを示しています。
画像4.png
(刈り取られたヨシの丸立て)

4.ヨシ刈りによる炭素回収量の簡易推定手法の開発
 琵琶湖周辺におけるヨシ群落の稈高と冬季の地上部バイオマスとの関係から、森林群落で認められている群落高とバイオマスとの間のべき乗関係(平田ほか 2012)をヨシ群落においても同様に仮定し、両者の関係式を推定しました。この群落高法に基づく関係式を利用することで、群落の平均稈高と刈り取り面積を測定するだけで、ヨシ刈り活動による炭素回収量を簡易に推定することができます。
 滋賀県では、本研究で開発したヨシ群落の冬季地上部バイオマスの簡易推定手法を活用して、ヨシ刈り活動による炭素の回収量を「見える化」するための、新たな「ヨシのカーボン認証」が産学官協働で実践されています。2019年度からは、「ヨシ刈り活動によるCO2回収量の算定ツール」がホームページで公開されています。このような取り組みによって、ヨシ刈りによる効果が「見える化」され、伝統的なヨシ利用やヨシ刈りボランティアを行なっている人々のモチベーション向上につながることが期待されています。
画像5.jpg
(滋賀県HPで公開されているヨシ刈り活動による炭素回収量の認証制度)


<引用文献>
齋藤 (1989) 森林の物質生産.  (堤編) 森林生態学, 43-46. 朝倉書店. 平田ほか編 (2012) REDD-plus Cookbook. 森林総合研究所REDD研究開発センター.


論文情報
・雑誌名:『地域自然史と保全』 43
・論文題名:『参加型刈り取り調査と群落高法による琵琶湖ヨシ群落の冬季地上部現存量の推定 -「ヨシ刈り活動」における炭素回収量の簡易推定手法の開発 –』 地域自然史と保全 43, 141-158.
・著者:林 竜馬(琵琶湖博物館)・山田直明(滋賀県琵琶湖環境部(当時))・竹田勝博(葭留)・太田俊浩(コクヨ工業滋賀(当時))
・発行:20211231
・掲載ページ:141-158