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ナウマンゾウ化石に付着していた堆積物から 生息当時の環境を復元することに成功!

【論文の概要】

2023年に再発見されたナウマンゾウ「浜町標本」の骨格化石に付着していた堆積物について、珪藻分析および花粉分析を行いました。

・珪藻分析の結果、浜町標本は満潮時にのみ海水に覆われる低位塩性湿地のような環境に埋積していたことが推定されました。

・花粉分析の結果、周辺の植生はブナが優勢で、サワグルミ属/クルミ属、ニレ属/ケヤキ属、ハンノキ属などを含む落葉広葉樹林の存在が推定されました。

浜町ナウマンゾウ骨格復元.jpeg

図1.ナウマンゾウ「浜町標本」の全身復元骨格


 

【堆積物試料の再発見と研究の経緯】

今から十数万年前、現在の東京都営地下鉄新宿線浜町駅の近くで、一頭のナウマンゾウが人知れず息を引き取りました。「人知れず」なのは当然です。人類はまだ、日本列島に渡ってきていなかったからです。

時は下って1976226日、ここで地下鉄工事が行われ、ナウマンゾウの亡骸が化石として発見されました。さっそく、野尻湖友の会東京支部の会員が中心となって発掘作業とクリーニング・強化作業をしました。このときクリーニング作業の責任者を務めていたのが、前年に大学に入学したばかりの高橋啓一でした。高校生の間島信男さんも、この作業に参加していました。彼はクリーニングで化石から除かれた堆積物を保存する必要性を感じていました。そこで、おそらく頭骨に付着していた堆積物1 kgほどを、許可をもらって持ち帰り、大切に保管していました。

それから47年を経た20234月、埼玉県で長年にわたり高校教員を務めた間島さんは、かつて勤務していた高校に再び着任し、地学教室の戸棚に保管したこの堆積物を数十年ぶりに発見します。そして琵琶湖博物館の館長になっていた高橋に送って分析を依頼しました。この堆積物はじかに化石に付着していたので、これまで調べられてきた周辺の堆積物よりも、ゾウが死んだ直後の堆積環境をよく表している可能性が高いのです。

高橋は2人の学芸員、大塚泰介と林竜馬を呼び、それぞれ珪藻と化石の分析を依頼しました。2人とも当初はゆっくり調べるつもりでしたが、館長を引退した高橋から2024年12月に「来年早々に投稿を予定しているので、分析を急いでほしい」旨のメールを受け取り、急ピッチで分析を進めました。すると、以下のことが分かってきました。

1.珪藻は淡水産から海産までの種を含み、川と海の両方から珪藻が運ばれてきていたことがわかりました。また、潮間帯上部の泥質干潟や塩生湿地のような環境に特徴的な、Tryblionella granulataという珪藻が多く含まれていました。

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図2.出現率の高い珪藻化石の光学顕微鏡写真


2.花粉はイネ科、カヤツリグサ科、ヨモギ属などの草本花粉やシダ類胞子が多く含まれ、近くに湿地や河川周辺の開けた草本植生が広がっていた可能性があります。また木本ではブナの花粉が多く、暖かくなり始めた間氷期前半に堆積したと考えられます。

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図3.主要な花粉化石の光学顕微鏡写真 ※スケールバーは20μm


どうでしょう。これだけでも、後に浜町標本となるナウマンゾウが最期をむかえたときの光景が、目に浮かぶようではありませんか?

以上の研究成果は、さっそく高橋を中心として論文にまとめられ、20252月初めには投稿、5月に受理され、12月に出版されました。

ゾウ化石、珪藻、花粉というそれぞれ異なる分野の研究者が近くにいて一緒に研究している、琵琶湖博物館ならではの研究成果だと思います。そして何よりも、捨てられるはずだったこの堆積物標本の重要性に気づき、保管していた間島少年(当時)の大ファインプレーです。


【関連する展示】

 A展示室の「変わる生き物」コーナーでは、今回の論文で対象としたナウマンゾウ「浜町標本」の頭骨標本(複製)が展示されています。


【論文情報】

著者:高橋啓一・大塚泰介・林 竜馬・間島信男

論文題名:ナウマンゾウ 「浜町標本」 の付着堆積物試料から得られた珪藻化石および花粉化石について.

雑誌名:『化石研究会会誌』

巻ページ: 58, 11-19.

発行: 2025121